pieceful days



「にーしひーろくーん」


授業が終わった教室で、ニコニコしながら西広の席を訪れる沖。
右手には教科書とノートを持っているようだ。


「ハイハイ…どこ?」


沖の目的を察知した西広は、自分の教科書を片付けながら苦笑い気味に応えた。


「えっとねー、ココとココと、ココとココ」

「ほぼ全部じゃん!」

「わかんないんだもん!何この数字と記号の羅列!」


どうやら沖は、授業で理解しきれなかった数学の問題を聞きに来たらしい。
試験前になると西広は田島と三橋に独占されてしまう為、沖は普段から勉強しておくしか無い様だ。

沖の悲鳴に近い主張を軽く受け流し、しょーがないなーと教科書を受け取った西広。
なんだかんだ面倒見の良い彼は、沖が提示した問題の解き方を説明していく。


「ここで公式をはめて…ホイ、やってみて」

「あー、なるほど!」


西広に教えてもらい、苦戦していた問題をスラスラ解いていく。
同じクラスに西広が居る事は、沖にとって幸運だった。
家で勉強する時間が無い沖は、その日の授業中に理解出来なかった問題を西広に教えを乞うのがほぼ日課となっていたのだ。
大変殊勝な高校生である。

しかし、同時に気になっていた事もあった。


「何で同じ授業やってんのに西広はわかんの?」


ついに、日頃からの疑問をぶつけてみる。
同じ野球部員、同じクラス。
練習量も受ける授業も同じ。
なのに何故こんなに差が出るのだろうか。
沖は頭が悪い訳では無いが、やはりテストの点数で西広に勝った事は無い。
覚え方にコツがあるのなら是非ともご教授願いたい所だ。
沖の質問に、西広はんー、と言葉を探し始める。


「てかね、設問に答えが書いてあるってゆーか…」

「嘘!?どこ!?」

「教科書に公式も解き方も載ってるじゃん?」

「そりゃそーだけど」

「だからソレを使って解けば…」

「…要するに全部覚えろって事じゃん」

「え、あれっ?あ、そっか」

「西広って頭いいのにバカだよね」


結局、沖が求めていた答えは得られず終いだった。
計算は電卓並の癖に、西広はどこか抜けている。
天然なのか何なのか、2人がしばらく笑い合っていると、突然沖は何か思い付いたように西広の筆箱を手に取った。


「なに?」

「西広、シャーペン交換しよう」

「何で?」

「西広のシャーペンがあれば難しい公式も覚えられる気がする」


そんな事が出来れば誰も苦労しない。
西広のシャーペンで良い点が取れるなら、いつも赤点スレスレの2人に喜んで差し出すだろう。

だが、ジンクスの類が嫌いではない西広は筆箱の中から1本のシャーペンを取り出した。


「コレ使っていーよ」


そう言って西広が差し出したのは、夢と魔法の王国・冒険とイマジネーションの海出身の魚がくっついたシャーペンだった。


「妹のお土産なんだけどね。オレ、コレで受験したんだ」


高校男児が持つには随分可愛らしい一品だが、御利益はありそうだ。
そう思った沖は、魚のシャーペンを喜んで受け取った。
そして魚の飾りを眺めながら、


「あー、アレだ!映画見た事あるよオレ!」

「そーそー、ディズニーの」

「ファイティング・ニモ!」


やたらテンションの上がった沖は、大きな声でタイトルを口にした。
それを聞いた西広はこみ上げる笑いを堪えている。
そんな西広の様子には気付かず、沖は話を続ける。


「確か、お父さんが子供を探しに行く話だよね。2人は…確か…戦わないよね」


徐々に語尾が笑いに変わる。
ストーリーを思い出しながら言葉を紡ぐうちに、ようやく先程のタイトルの間違いに気付いた沖。
西広は堪え切れずに声高らかに笑い始めた。


「あはははは!!」

「気付いてたんなら言ってよ!!」

「いやゴメン面白かったから…あははは!」


正しくは『ファインディング・ニモ』である。
惜しい様で遠い。

何がツボにハマったんだか、腹がよじれる程に笑い続ける西広。
釣られて笑う沖。

その笑い声は、チャイムが鳴るまで途切れる事はなかった。

3組は今日も平和である。




→あとがき





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