鳴かぬ蛍が身を焦がす



いつかもし、自分に大切な人が出来たら

真っ先に星座を聞こう



どこに居ても

きっと捜し出せる様に










「うわっ、なつかしー」


思わず声を上げた沖の手には、小学生の頃の教科書。

例年より随分冷え込んだ年の暮れ。
沖は年末の大掃除で、物置を担当していた。


「要らないけど…捨てるのもったいないなぁ…」


そうぼやいて、教科書をパラパラめくる。
大掃除の天敵は昔の思い出。
こうして思い出にふけっている内に、気付いたら日が暮れているのだ。


「あ、」


あるページで沖の手が止まる。
掃除の手はとっくに止まっているのだが。


「なつかしー…」


沖の目に止まったのは、理科の天体のページだった。
天体は沖の好きな科目の1つでもあった。
小さい頃はよく父親と星の観察をしたものだ。

そこで更に思い出は蘇る。


「そーいや…お父さんに星座が解るかって聞いた事あったなー」


それはまだ小学生の頃。
ちょうど天体を習い始めた辺り。
父親と出掛けた帰りの、星があまりに綺麗な夜だった。
はしゃいだ沖は、父に星座が解るかと聞いてみた。
すると父は、『水瓶座だけ解る』と答えたのだ。


「なんで水瓶座だけなんだろ?」


12星座の位置なんて授業でやったっけなー、と頭を抱える沖。
うんうん唸りながら考え続けるも答えは出ない。
ふと外を見ると、案の定太陽は傾いていた。


「やっべ!」


それから大急ぎで片付けを始めた。
要る物と要らない物を分け、要らない物は一気にゴミ袋行き。
だが、どうしても気になった理科の教科書は捨てられずに部屋へと持ち帰った。

沖が掃除を終えた頃には、家族は既にテレビを眺めていたり、年越し蕎麦の用意をしたりしていた。

沖も例に漏れずこたつに入って一緒にテレビを見ようとしたが、突然の母からの指令によってそれは妨害された。


「カズ!めんつゆが足りないの!買って来てくれない!?」

「えーっ」

「お願いーアンタの分大盛りにしてあげるから」

「めんつゆくらい作ればいーじゃん」

「お醤油も足りないのよ」

「お母さん今日何してたの?」


文句を言いながらも、年に一度の年越し蕎麦くらいは美味しく頂きたい。
母の凡ミスで一家の年越しが台無しになっては一大事だ。
せっかくまったりモードに入ったテンションを無理矢理引き上げ、渋々買い物を引き受ける沖。


「カズー、ついでにパイの実お得用買って来てー」

「自分で買いなよ!」

「半分あげるからー」

「どんだけ食いモンで釣るんだ!」


人使いの荒い姉の我儘により、1つ増えた買い物に出掛ける。

厚着をして外に出ると、ぐっと冷え込んだ空気が頬を冷やす。
この時間はスーパーなどやっていないだろうから、とりあえず1番近いコンビニに向かった。
姉はお得用と言っていたが、2つくらい買っておけば問題ないだろう。
さっさと買って帰りたいが、自転車で風を切るのは寒過ぎるので沖は歩いて行く事にした。

凍えながらコンビニに辿り着き、目的の物を買って帰路に着く。
冷たい北風に吹かれながら何となく空を見ると、宝石を散りばめた様な星空が視界を埋め尽くした。


「あ、オリオン座」


一際目立つ星々が目に入り、不意に声を漏らした。
冬の星空では1番見つけやすい星座だ。


「水瓶座は…秋だっけ」


幼い頃の会話を思い出し、父が唯一解ると言った星座を探してみるが、季節を過ぎてしまった為に見つけられなかった。


「……あっ!」


そこで謎が解けた。
つい大きく声を漏らしてしまい、慌てて口を塞ぐ。
そして何となく気付いてしまった事実に、沖はみるみる顔が熱くなっていくのを感じた。




「おかーさん…水瓶座だ」




沖は、正直気付かなければ良かったと思った。
考えただけでこっ恥ずかしい。
これで口説いたのか何なのかは知らないが、いや知りたくもないが、母の星座だから覚えていた事だけは間違いないだろう。

父のロマンチシズムが明らかになり、沖は気持ちを落ち着かせる為に大きく息を吐いた。



沖は思う。

今は野球の事で頭がいっぱいで、好きな人がどうだという事はない。
だが、自分も健康な高校男児。
恋愛などに興味が無い訳ではないし、憧れもある。

いつか自分にも、そういう日が来るのだろうか。


いや、来なければ淋しい。


でも現役の間は恋愛にうつつを抜かしている暇は無い訳で、でも部活を引退したらしたで間髪入れずに受験地獄が待っている訳で…

と、ぐるぐる悩んだ結果、


「ま、いつか…ね」


溜息と共に、そう結論付けた。

沖はもう一度空を見上げ、冬の星座を眺める。




「悪くは…ないか」




父に倣い、沖は1つ決めた。


いつかもし、自分に大切な人が出来たら

真っ先に星座を聞こう。



どこに居ても

きっと捜し出せる様に



数ある宝石の中から

その人だけを見つけ出せる様に。




→あとがき





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