愛姉弁当



朝、登校前の栄口家。




「勇人!ちゃんと感想メールしてね!」

「わかったよ」

「マズかったらマズイってちゃんと言ってね!」

「わかったってば。行って来まーす」




・・・・・・・・・・・・




今日も長くかったるい授業が終わり、待ちに待った昼休み。
学食に向かう者や机をくっつけて教室の一角を陣取る者。
育ち盛りの胃袋を満たすべく、思い思いの昼食タイムを取る生徒達。

1年1組野球部二遊間コンビ、栄口と巣山も例に漏れず、いつも通り机をくっつけて弁当箱を取り出す。

ただ、いつもと違ったのは


「今日の栄口の弁当箱…やたらファンシーに見えるのは気のせい?」


栄口の弁当箱を包む袋に某有名キャラクター達が散りばめられているのは、まぁ良しとしよう。
無駄に似合うし。
だが、それにつけても高校男児がピンクの弁当箱とはどうだろうか。

巣山の質問に、あー…と唸ってから栄口は事の顛末を説明する。


「姉貴がさ、最近彼氏出来たらしくて。そんで弁当作ってやるんだって無駄に張り切っちゃってさ…そいでオレが実験台に」

「…なるほど」


あまり目に優しくない袋や弁当箱は、栄口姉の気合いの表れな訳だ。

それにしても。


「男を想うのなら弁当箱は普通にして欲しいよな…」


巣山が漏らした一言に激しく同意する栄口。
男には男の事情があるのだ。
面目も多少なり気にして頂きたい。


「姉貴の事だから味の心配はしてないんだけどね…」


そう言ってパカっと蓋を開け、中身を目にした栄口は黙ってもう一度蓋を閉めた。
そして額を押さえる。


「どしたよ」

「巣山…この中身の率直な感想を述べよ」


スッ、とピンクの弁当箱を巣山に差し出す栄口。
何かと思い、巣山は蓋を開ける。

そこには、でかでかとハートで飾られた『LOVE』の文字。


「うおおぅ……」

「ダイレクト過ぎるよな…」


今時こんなん作る人居るんだ、と巣山の脳裏には失礼な感想がよぎった。
しかし、人の姉に対してそんな失礼な事言えない。


「やー…でも、好きな子から貰うんだったら嬉しいと思うぞ」

「…模範解答をありがとう」




あ、バレてる。




「味がどうこう以前の問題だよコレは…」


はぁ、と溜息を吐いて携帯を取り出した栄口。
姉に感想を送るのだろうか。


「何て送んの?」

「『フラれたくなかったら普通の弁当にした方がいいと思うよ』」


やんわりとした伝え方の様に聞こえるが、内容はだいぶドギツイ。
まぁ、彼氏さんの面目を潰さない為にはこの弁当はやめた方がいいのは確かだ。


「学校で食う身にもなって欲しいよ…」


もう一度はぁ、と溜息をついて箸を取り出した所で、背後にただならぬ気配。




「栄口ー!!何その弁当ー!!」




田島だ。
よりによって今日。


「栄口カノジョ出来たのか!?アイサイ弁当だ!!」

「違う違う違う!!」


ゲラゲラとでかい声で勝手に話を進める田島を、更に大声で制止する。

その時クラス中の注目を浴びたのは言うまでも無い。


「これはね、姉貴が作ったやつでね、」

「へー、栄口のねーちゃんてそーゆーシュミなの?」


控え目の声で田島に何とか説明しようとするが、人の話を最後まで聞かず、栄口姉の人物像を勝手に描いた田島はふーん、と興味なさそうに相槌を打った。


(こいつ〜…)


栄口は頬を引き攣らせ、巣山は苦笑いをして、田島に用件を聞く。


「で、何の用?」

「そーだ!古典のノート貸して!今日午後イチなんだ!」


パンっ、と両手を合わせ、お願いっと頼み込む田島。

今月に入って何回目だ、と思ったが、今日に限っては一刻も早くここから立ち去って欲しかったので、栄口は大人しくノートを差し出した。


「サンキュー!あとで返すからー!!」


小さな台風はそう言い残して廊下を走り去って行った。
ふう、と一安心した栄口はようやく弁当にありつく。

だが、巣山は一抹の不安を拭い切れなかった。
敢えてその事は栄口に告げずに過ごした昼休み。

そして、その日の部活前。




「栄口ん家って愛姉弁当なの?」




案の定、田島によってあられもない噂が広められていた。




→あとがき





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