そして、文化祭2日目。
本日は一般公開日である。
「ハイハイいらっしゃーい!校内パンフありますよー!第二グラウンドで本日の目玉イベントの受け付けもやってるよー!みんな来てねー!」
正門付近で元気良くチラシを配りまくっているのは水谷だ。
ちゃっかり野球部の出し物の宣伝もしている。
「張り切ってんなー水谷」
「だって人数多い方が楽しそうじゃん!」
「おにぎりの具も懸かってるしな」
横でチラシを配る花井と阿部も何だかんだイベントを楽しみにしているようだ。
遊ぶ時間があまり無いとはいえ、やはり祭りは祭り。
楽しんだもん勝ちである。
「あ、あと始まる前にルール説明するから早めに集合だってさ」
「ほーい」
「はいよ」
花井から口頭で連絡を聞き、素直に返事をする2人だったが、1つ疑問が残った。
「ソレ、みんなに言った?」
あ。
口を開いて花井が固まった。
この反応から察するに、どうやら忘れていたらしい。
「やべ…話してねーや」
「メール打っとけば?」
「みんな働いてんだろ?気付くかな」
「あ!居た!にーちゃーん!!」
3人でどうしようかと思っていた所でちょうど、3人に向かって走って来る少年が1人。
「あれ、シュン?」
その少年は阿部の弟のシュンだった。
彼とは初対面である水谷と花井は、小さい阿部に関心を示した。
「へー阿部の弟!」
「似てるよーな似てないよーな」
「ちわす!シュンです!」
にっこり笑った小さい阿部は、笑顔が眩しい。
兄の毒々しい笑顔とは大違いだ。
「オマエ遊びに来たの?」
「来たよー!高校見学も兼ねて!」
「1人で?」
「うん、友達も誘ったんだけど来れなくなっちゃって。にーちゃん休みないの?」
残念ながら野球部は全員働き詰めである。
休みといえば昼食タイムくらいなものだ。
しかし、せっかく遊びに来てくれた弟を1人で歩かせるのも忍びない。
阿部はどうしたもんかと首を捻った。
すると、
「いーじゃん、阿部案内してやんなよ」
水谷が声を掛けた。
「まじ?」
「だってせっかくだし。花井いーよねぇ?」
「おー。別にチラシ配りなんて何人もイラネーし。ついでにさっきのみんなに報告しといてくれ」
何とも有難い2人の申し出。
その言葉にシュンも嬉しそうだ。
「ありがとうございます!」
「ワリーな。じゃ行って来るわ」
「いってらっしゃーい」
「後でなー」
花井と水谷の暖かい笑顔に見送られ、仲良く校内に向かった阿部兄弟。
その後姿は何とも微笑ましい。
嬉しい誤算により西浦の案内係を得たシュンは、早速行きたい所を提言する。
上機嫌でニコニコしながら向かった先は──…
「どーぞいらっしゃーい!1年9組オカマ喫茶だよー!カワイイ子居るよー!」
浜田が元気に呼び込みをしている。
暑苦しい団長の格好をしているのはボーイのつもりなのだろうか。
あまり気の進まない阿部が浜田を怪訝そうに眺めていると、気付いた浜田が大声で呼び掛けた。
「よー阿部!サボり!?寄ってけよ!」
サボりではないが、サボりと決め付けた浜田は来い来い、と手招きをする。
諦めて歩み寄る阿部の後ろをついて行くミニ阿部。
それに気付いた浜田とシュンが一連の挨拶を終えると、浜田は聞いてもいないのに案内を始めた。
「たじまー!2名様ごあんなーい!」
「はいよー!いらっ…阿部ぇ!!」
ニコニコと振り向いたそばかすの美少女の表情が、一瞬で驚きに変わった。
「ズリー!阿部サボりかよー!」
黒髪に花の髪飾りがキュートなショートボブが、テトテトと歩み寄って来る。
しかし、何故だろう。
妙にメイド服がハマって見えるのは。
メイクもナチュラルにバッチリ決まっている。
田島を見上げ、ほえー…と眺めるシュン。
口の端を引きつらせ、気持ち震えた人差し指で阿部は確認を取る。
「たじま…だよな…?」
「おー!似合うだろ!?」
くるりん、と回って衣装を見せる田島。
気合いが入り過ぎていて怖い。
違和感が見当たらない。
「あ!阿部の弟じゃん!良くきたなー!」
「あ、ち、ちわすっ」
以前会った時とのギャップに困惑したままシュンが挨拶をすると、聞いているのかいないのか、田島は2人を適当な席に座らせた。
「三橋!泉!阿部だぞ!」
女装していても声のトーンが変わらない田島の呼び声に振り向いた2人の美少女。
阿部兄弟、またも空いた口が塞がらない。
「ンだよ、阿部サボりかよ」
光沢の眩しいストレートの黒髪を肩まで下ろした、こちらもメイド服の美少女が、腰に手を当て口を尖らせる。
ご丁寧に巨乳の設定らしい。
決して不自然ではない膨らんだ胸には、一体何を詰めているのだろう。
「阿部くん の、弟…くん?」
足がスースーするのだろう。
トレーで口元を隠しながらもじもじと挨拶をしようとする“彼女”は、ウェービーなヒヨコ色の髪を腰まで下ろし、正直ミスコンに出ても支障ない。
なんだ、この店は。
「いや…花井達には許可貰ったし…」
いつも見る野球の同士達のあられもない姿を目の当たりにし、現実から遠ざかりたくなった阿部がしどろもどろ説明すると、聞いているのかいないのか、どうでもいいのか、“彼女”達は勝手に注文を決めている。
流れるようにスムーズな作業で阿部兄弟にコーヒーを出すと、おもむろに3人は簡易テーブルを囲んだ。
そして1番無愛想な泉が脳内にある台本のセリフを棒読みで読み上げる。
「えーおきゃくさまに当店ジマンのスパイスをお入れしまーす」
すると3人は呼吸を合わせ、有名なあのセリフを口にした。
「「「LOVE注入
」」」
決まった。
会心の一撃だった。
阿部兄弟は思わず放心してしまった。
しかし、兄よりも柔軟なシュンは、ワンテンポ遅れて込み上げる笑いを解放した。
「あっははは!!ヤバイっすたじまさん達かわいーっす!!」
「だぁろー!?」
「おー解ってるな阿部弟」
「ふ、ふひっ」
3人の美少女と大いに笑い合うシュンとは裏腹に、阿部は未だ呆けたままである。
そしてやっとの思いで吐き出したセリフはというと
「…キモイ」
そうだ。
こいつはこういう男なのだ。
ノリの悪い奴なのだ。
いつもならスルーしてもいい場面だが、一生懸命やっている側としては少々聞き捨てならなかった。
「ヒデーぞ阿部!オレらかわいいってヒョーバンだぞ!」
「言ってくれんじゃねーか。サボりのくせに」
「イヤだから花井と水谷には許可もらったし」
「でも遊んでんじゃん!」
「それはシュンが来たから…」
9組トリオはもう仕事そっちのけである。
そうしてやいのやいの言い合っている間に、阿部兄弟のコーヒーカップはカラになっていた。
「ま、いーや。シュン、次行くぞ」
「あーテメー!」
「あ、野球部の集合12時半だってさ。じゃ後でなー」
まだ9組トリオ(主に田島と泉)が何か言っているようだが、もう阿部の耳には届いていない。
シュンはペコリとおじぎをして兄を追い、2人は9組を後にした。
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