花井はクジ運が悪い。
ついでにジャンケンも弱い。
これは野球部内における全員共通の認識である。
甲子園行きの切符を手にする足掛かりとなる夏大のクジ引きで、見事桐青を引き当てた事に始まり、先攻後攻ジャンケン、買い出しジャンケンなどはほぼ全敗だ。
「…だから阿部が行けば良かったんだよ」
「…だって部長の仕事じゃん」
とある昼休み、食堂の一角。
主将組の3人が集まり、ミーティングでもしているのかと思いきや、3人は随分暗い顔をしている。
中でも花井は深く落ち込んでいるようにも見える。
「………」
「………」
「「………ハァ」」
「オレを見て溜息をつくなぁ!!」
耐え切れず、顔を真っ赤にして怒鳴る花井。
栄口と阿部の2人は心底面倒そうな顔で呆れ返っている。
「イヤ解るよ。花井のせいじゃないよ。でもさぁ…」
「運動部12組もあんのになァ」
「何だってんだ!12分の1を引き当てたんだぞ!いっそ喜べ!」
花井、ヤケである。
もう笑っているのか泣いているのか怒っているのか解らない。
「…とりあえず、今日の練習前にみんなに報告しよう」
「花井、南無さん」
阿部、合掌。
そして花井、運命の放課後。
「野球部で出し物ぉお!?」
キャプテンズの報告を受けて、案の定巻き起こるブーイング。
花井の胃がシクシクと痛む。
「今度の文化祭で、第二グラウンドの一角が場所余るんだと。それで生徒会から運動部のどれか1組に枠を埋めるよう言いつかった訳だ」
「それでまぁ…花井が見事当たりを引いちゃったと」
良くできた副キャプズから、事の顛末が説明される。
沈みゆく太陽を眺める花井の精神は、もうどこか遠い国に行ってしまったようだ。
「別にいいけど…」
「クラスの出し物もあんのになぁ」
「や、そこは安心しろ。オレらがやるのは2日目の午後だけだ」
「それって結局働き詰めになんじゃん!」
「出し物にもよるけど…何やんの?」
「文化祭まで1ヶ月もねーぞ」
「それを今から決める」
「練習はー!?」
「急ぎなんだよ!少し黙れ田島!」
やいのやいの騒ぐ部員達。
しかし今回ばかりは、花井のクジ運を恨むほかはない。
「まぁまぁ、うまくやれば野球部の宣伝にもなるし!来年有望な新入生が入るって考えればそう悪い事でもないよ!さ、ちゃっちゃと決めちゃおう!」
側に居たモモカンの一声で、一同心を入れ替える。
決まってしまったものは仕方が無い。
問題は、文化祭当日まで1ヶ月を切った限られた時間の中で、何をやるかである。
全員丸くなって座り、出し物について話し合う。
「安直に屋台は?」
「予算が無い上に準備期間が短すぎるだろ」
「そっかぁ」
沖の出した屋台案は、クリアせねばならない条件が多すぎる為却下。
考えてみれば、かなり条件は不遇である。
「じゃおばけ屋敷!」
「屋外でどーやってやるんだよ」
「1組でやんのに部活でもなんかヤダよ…」
「栄口オバケ役やんの?」
「体よく押し付けられちゃった。巣山もだよ」
「ウチけっこー気合い入ってんぞ」
「マジ!?遊び行くわ!」
「水谷。話逸れてる」
水谷のおばけ屋敷案も却下。
ここでもう1つの問題も提起された。
クラスの出し物と被らない事である。
「1組はおばけ屋敷で…3組は何やんだ?」
「ウチ射的」
「ってか、縁日みたいなヤツ」
「祭りか!いーなー!」
「オレ、的当て…」
「あるよ。三橋も遊びおいでね」
「ウヒッ」
どうやら的当てがやりたいらしい三橋に、西広がニコリと答えた。
歳の離れた長男と末っ子のようなやり取りが微笑ましい。
「で、9組は?」
「オカマ喫茶!」
「ぶはっ!マジで!?」
「3人共女装すんの!?」
「おー!浜田が衣装作るってよ!」
「準備手伝えねーから当日働くっつったら勝手に決まりやがった」
「うははは!ゼッテー見に行こ!」
面白がる田島に、少々不機嫌な泉。
三橋は恥ずかしそうだ。
名物トリオの女装は確かに見ものである。
9組の実行委員は、間違いなく女装をやらせたい確信犯だろう。
「ウチは看板作りだから…まァ今言ったヤツ以外でだな」
「7組看板なの?」
「おー。製作班とチラシ製作班と当日の呼び込み係。いわば雑用」
「オレらはもちろん呼び込み」
「結局、当日は全員ぶっ通しで働く訳だ」
部員達は皆クラスの準備に参加しない代わりに、当日働く事でクラスメイトと折り合いをつけているらしい。
2日目は働けない事を実行委員に話したら、またどやされる事だろう。
自然と皆表情が暗くなるが、仕方あるまい。
クラス毎の出し物が解った所で、本題に戻る。
予算は安く、限られたスペースの屋外で出来、かつ準備が簡単で、野球部の宣伝にもなるもの。
考えれば考えるほど条件が厳しすぎる。
「劇…くらいしか思いつかないよ…」
「オレも…」
「…やりたいか?」
「「ヤダ」」
3組ズがやっとの思いで捻り出した案も満場一致で却下。
いくら考えても唸り声しか出てこない状況が続く。
モモカンや篠岡も一緒に頭を抱えているが、誰も良い案は思いつかないようだ。
そして悩み始めて5分が経った頃、頭がショートした田島が痺れを切らした。
「あーもー!鬼ごっことかでいーじゃん!野球部対全校生徒!」
「無茶ゆーなよ」
「ンなスペースどこに…」
「面白いじゃない!」
田島がヤケで出した案に、なんとモモカンが乗った。
「みんながユニフォオーム着て、校内を逃げ回るんだよ!受付は千代ちゃんにお願いして、参加者対みんなで校内鬼ごっこ!」
「あーいいですね!捕まえた人数で景品と交換、とか!」
モモカンの案に、篠岡も乗った。
部員達は目から鱗である。
「確かに…ユニフォーム着て走り回るから宣伝にもなるし」
「金かかるのは景品だけだし」
「場所選ばないし」
「準備も要らないし」
「楽しそうだし!!」
かくして、野球部の出し物は決定した。
「うおー!なんか楽しそー!」
「校内もOKなら遊びながらでもいいんだよね!?」
「やっほーい!」
「ナイスだぜ田島ー!」
田島の妙案から発展した催し物に、皆俄然やる気が沸いてきたようだ。
しかし、モモカンはまだ何か案があるようで、不適な笑いを浮かべている。
「でも、それだけじゃつまらないよね!そこで、1番成績の良かった人!つまり1番捕まった回数が少なかった人には、おにぎりの具をとびっきり豪華にしましょう!」
「マジすか!?」
「カントク!!オレ焼肉がいいです!!」
モモカンのご褒美予告によって、部員達のテンションはフルスロットル。
キャッホキャッホと猿のように喜んでいる。
「ただし!!」
しかし、その喜びも束の間。
モモカンがタダでご褒美をくれる訳ないのだ。
「1番成績が悪かった人!つまり捕まった回数が1番多かった人には罰ゲームを用意しておきます!だからみんな、心して掛かってちょうだい!」
罰ゲーム、という言葉に真っ先に反応したのは巣山だった。
まさか、またあのマズイプロテインなのでは。
脳裏をよぎった思考にかぶりを振るが、彼女の事だ。
──有り得る。
「それじゃあみんな!張り切って練習始めましょうー!」
部員達の不安をよそに、モモカンの元気な掛け声がグラウンドに響いた。
[Book Mark]