選別



ルナはゆっくりと答えた。


「…その通りだ。オルクスの選別に耐え、扉を開く力を手に入れた人物の名は、ミハシレン」


全員が驚愕している。

何故三橋なのか。
どうやって選別に耐えたのか。
疑問は次々と浮かぶが、どれも言葉にならない。

すると西広が口を開く。


「…あのさ、オレらがこの世界に来たのって1ヶ月前だけど、阿部だけはもっと前に来てたんだよね?」

「あぁ、俺は3ヶ月前」

「で、三橋が選別に連れて来られたのは3ヶ月と少し前……」


西広は俯き言葉を詰まらせる。
ハッとする者も居れば、何の事か解らない者も居る。


「選別に耐えて三橋は扉を開く力を手に入れた…って事はさ、」


西広が阿部に向き直る。


「阿部、三橋に呼ばれたんじゃないの?」


阿部はギョッとした。


「どーゆう事だ?」


まるでサッパリ解っていないようだ。


「つまりさ、三橋が扉を開けて阿部を呼んだんじゃないかって事。それで、何でかは解んないけどオレ達も呼ぶ必要があった、とかさ」


勘だけど、と西広は言うが、説得力はある。
これには全員納得した。

そこで今まで話を大人しく聞いていた田島が、興奮気味に怒鳴る。


「じゃーすぐ行かなきゃじゃん!!」


突然の怒声に皆田島の顔を見る。


「助けて欲しいから呼んだんだろ!?勝手に連れて来られて苦しい思いして、そのオル何とかって奴の我儘に使われて、平気な訳ねーじゃん!!」


田島は真っ赤だ。
表情は怒っているようだが、今にも泣きそうな顔だった。








「…だな。三橋が扉を開けれんなら、元の世界にも帰れんだろーし」


よし、と膝を叩いて同意したのは花井だ。


「そうだね。3ヶ月以上もこんな世界に1人なんて、心細いに決まってる」


続いて栄口。


「今頃泣き腫らして目ェ無くなってねーかな」

「早く泣き止ませないと、脱水しちゃうね」


苦笑いする水谷と沖。


「何にしても生きてて良かったよ」

「ホントにな。選別に耐えてくれた事に礼言わなきゃだ」


はーっと溜息をつく泉と巣山。


「早く安心させてあげないとね」


気弱なエースを気遣う西広。


「そんじゃま、とっとと迎えに行きますか」


ぐっと腕を伸ばす阿部。


そんなチームメイト達を見て、田島は嬉しそうに笑った。












約3ヶ月前。


「────どこ、なんだろ…ここ…」


三橋は、霧掛かった薄暗い森の中に座り込んでいた。


「……ッさむ…」


風は冷たく、ブルっと震える。


(えっと…田島くん、と、泉くん、とグラウンドに向かって…て、栄口くんと会って、)


何故こんな所に居るのかが理解出来ず、先刻までの出来事をひたすら思い返してみる。
しかし本当に突然の事で、いくら思い返しても思考は平行線を辿る。

そんな時、軍服を来た同い年くらいの男が三橋の前に現れ、無言で三橋の手を引いた。

助けてくれるのか、と思いその軍服の男を『いい人』に認定すると、三橋は何の抵抗も無くついて行った。

森を抜けると、そこには巨大な建物。
三橋はふわぁ、と歓喜の声を漏らす。
それは見るからに神々しく、ギリシャ神話に描かれている、神々の住まうオンリンポスの神殿のような建物だった。

この感動を表現する言葉を三橋は持たないが、背筋に電撃が走ったような感覚に見舞われる。
暫くその光景を眺めていたかった三橋だが、軍服の男はどんどん先に進んでしまい、ただ1人になりたくない一心で男について行った。

神殿の中に入り、ひたすら神々しい内部を歩いていると、大きな扉の前で男は立ち止まった。
男は扉を開け、中に入るようにジェスチャーを送る。
三橋が怖ず怖ずと中に入ると、そこは大広間だった。
そして何百という数の人々。
人種は様々で、世界各地の人間が集まっているようだった。
とりあえずキョロキョロと周りを見渡すが、日本人らしき人種は見当たらず、どうせ見つけても話し掛ける勇気は無い為、適当に床に座る。

相変わらずビクビクオドオドしながらも周りを観察してみると、中に居る人々は皆不安げな顔をしていた。

もしかしたら、自分と同じように突然こんな場所に来てしまったのだろうか。
まさかまさか、ここはあの世の入口なのだろうか。

元々の性格も手伝い、不安は一気に臨界点を突破し、三橋はガタガタと震えだした。

いやだ、いやだ死にたくない。
せっかくヒイキの無いチームでエースナンバーを貰えたんだ。
ようやく認めてくれる人と出会えたんだ。
みんなで甲子園優勝を目指すんだ。
そう決めたんだ。


涙は独りでに溢れ出した。












もうどれ程の時間が経っただろうか。
何時間…いや、何日かも知れない。
育ち盛りの胃袋は空腹を訴え、体を伸ばす事も出来ず、床は石畳の為、眠るにも質の良い睡眠は得られない。
それでなくとも押し潰されそうな程の不安感から眠る事など出来ないのだが。

そして、気付くと大広間に居た人数は半分以上減っていた。
彼らはどこへ行ったのだろう。

更に時間は経過し、ついに大広間には自分だけになっていた。

ただ座っているだけだが、何日も飲まず食わずで眠る事も出来なければ体力は限界だ。
泣き腫らした目でボンヤリと広間を眺めていると、三橋をここへ連れて来た男が再び現れた。

三橋いい人検定に花マルで合格した軍服の男は、また無言で三橋の手を引いた。

懲りずに助けてくれる、と思った三橋はフラフラになりながらもついて行く。




その先に待ち受ける、己が運命も知らず。



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