はらり、はらりと踊る花弁が大地を目指す。
枝から垣間見える緑が春の終わりを告げている。


「やっぱ桜は散り際が一番綺麗だな」

「見事な桜吹雪スねえ」


公園のベンチに腰掛けて、過ぎ行く季節の情緒を慈しむ島崎と高瀬。
もうじき正午の鐘が鳴る。


「でも何で急に花見なんスか」

「日本人たる者、国花は謹んで愛でるべし」

「はあ…。それにしても何でオレなんスか?他の卒業生とか誘えば良かったのに…」

「なんだよ、ヤなのか?」

「別にヤじゃないスけど…」


先刻買ったスポーツドリンクのペットボトルに口をつけながら、高瀬は口をつぐんだ。別に何が不満な訳ではない。単純に島崎の行動が謎だった。


「お前さ、こないだ告白されてたろ」

「げ。見てたんスか」

「たまたまな」

「言って下さいよ」

「女の子の一大決心に水差しちゃ悪いだろー。で、どーしたの?」

「断りましたよ」

「やっぱり?」

「付き合える訳ないでしょ。だって何も知らないんスもん」


嘆息混じりにペットボトルに付いた花弁を払う。伏せられた高瀬の睫毛は長かった。


「それは向こうも同じじゃん。これから知ってくって付き合い方もある」

「わかりませんよ」


今度こそ本当に嘆息した高瀬は、困惑というより呆れていた。


「なんで何も知らないのに好きになれるんだ。オレはどこで会ったかも覚えてないのに」

「準太の顔が綺麗だからだよ」


高瀬が言い終わるのをほとんど待たずに、島崎は告げた。言葉は透き通っていた。


「見た目がキレーなもんは、例えば桜みたいに、一瞬で愛される」


島崎の短い前髪が風に揺れていた。細めた眼は弧を描いて笑っている。
高瀬は哀しそうな顔をした。


「見た目で愛されたって、嬉しくない」


高瀬は背を丸めた。長い睫毛が瞳を覆った。


「準太は、桜嫌いか?」

「オレは桜じゃないス」

「嫌いか?」


質問の返答以外の言葉を許さないかの様に、島崎は続けた。高瀬は俯いた。


「…嫌いです」

「そりゃ良かった」


歪み無く、島崎は笑った。高瀬は意味が解らなかった。


「嫌いな物と自分は、実はスゲエよく似てるからな」


視線は桜吹雪に向けたまま、島崎は続けた。


「嫌いな自分に似た物が目の前にあったら、見たくもない部分を突き付けられたみてーで不愉快だし。
逆に好きな自分に似た物が目の前にあったら、自分の存在が霞むだろ」


淀みなく、曇りなく連ねられる音の羅列は、高瀬の脳に鐘の様に響いた。


「お前はキレーだよ準太。桜みたいに、その心までも」


島崎は笑っていた。その瞳は僅かな哀れみも優しさも含まずに、真実だけを語っていた。


「なあんてな」


高瀬があまりに呆気に取られていたものだから、島崎はポンと肩を叩いて一層高く笑った。

愛でられる季節を過ぎても確かに存在し、老いて尚天を目指す大木。そしてまた、何度でも咲き誇る。見た目だけでない、強靭かつ繊細なる美しさ。
高瀬はそれを、知っていたのかも知れない。
それを誰かに、知って欲しかったのかも知れない。


「…ありがとうございます」

「いーってことよ」


はらり、はらりと踊る花弁が大地を目指す。
枝から垣間見える緑が春の終わりを告げている。

もうじき正午の鐘が鳴る。




*****

…学校の近くの公園って事で。
アレ。でも昼の鐘って正午だっけ。
まあいいか。どーでも。



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