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  おまじない







「オイ獄寺、この前紹介した女の誘い、また断ったんだってな?」


ーーまた、始まった。


「はい、すみません」

「仕事に精を出すのはいいが、ボンゴレボスの右腕たる男が、女の一人や二人いねぇなんて格好がつかねぇぞ」


十代目が正式にボンゴレボスに就任して四年が経った。
最初こそ慣れない環境や仕事に戸惑い、心身共に余裕の無い日々を過ごしたが、三年が経った頃にはそれも笑い話に出来る程度には落ち着いた。
環境に慣れ仕事に慣れ、気付けば24になっている自分達が次に求められるものが、必然とそういう類だとはわかっていたのだが……


「すみません…ですが、俺にはまだ女を抱える程の心の余裕がないもので…」

「心の、余裕…ね」

「………」


濁す様に断る度、見られる何もかもを見透かす様な目に居心地の悪さを感じつつ、いつも通り早く立ち去ってくれる事を祈っていたら、ハロウィン前日のせいだろうか。まるで今から悪戯でもするかの様な目でリボーンさんは言った。


「良い事教えてやろうか?」







日付が変わるまであと十分足らず。
片手にリンゴ、片手にロウソク。
手に持っているロウソクの灯りだけが照らす自室で、


「はぁ…何やってんだ俺は…」


鏡を目の前にしているお陰でこの灯りだけでも充分に自分の情けねぇ顔が見える。


『いいか獄寺、一年のうち、ハロウィン前日の今日にしか行えない、特別なまじないを教えてやる』


用意するものはリンゴとロウソクと鏡、


『誰もいない時にやれよ?』


そして一人で過ごす静かな時間。


『成功すれば鏡越し自分の後ろに未来のパートナーが現れるっつー話しだ。まぁ北米では婚活中の女たちがやってる儀式らしいが、女だけに有効なまじないって訳じゃねぇだろ』


未来のパートナー。


『そんなにいろんな女に構う余裕がねぇなら、さっさと運命の相手って奴を拝んで、その女だけに専念すればいいだろ』


…リボーンさんはわかってらっしゃるんだ。
俺が女を作らない本当の理由を。

例えどんな女だろうと、鏡に映った時点で俺の密かな望みは潰える。
だからこそリボーンさんは俺にこのまじないを勧めた。
現実を見ろ、と。


「いつからバレてたんだ……とっくの昔だったりしてな」


俺の中には今も昔も一人しかいない。
近い様で遠い、たった一人の人が。


「十年…か。いい加減自分でもきめぇな。…駄々をこねんのも潮時、だな」


意を決して手に持っていたリンゴをかじり、鏡に集中する。

もし本当に、どこの誰とも知らねぇ女が映って、そいつと結婚する未来だとしても、俺は受け入れる。
だからせめて、貴方を想い続ける事だけは許して欲しい。
今までと同じ様に、言葉にしない想いを………


「獄寺、くん…?」

「……え…じゅう、だい……め…」


呼びかけられた言葉に意識を鏡に戻すと、俺の後ろには十代目が立っていた。
思わず後ろを振り向きそうになって慌てて我慢する。


『あ、それとな、鏡越しに誰かが映ったとして、振り返ったらもうそいつとの運命は終わりだ。その映った未来のパートナーとは二度と出会えなくなるらしいから気を付けろよ』


なん、で…十代目が…?
ありえないだろ、そこに映るのは未来のパートナーだろうが。
十代目な訳ある筈がない。
そんな訳あっていい筈が……ない。
そう思うのに、リボーンさんの言葉が頭から離れなくて、後ろを振り向けない自分の浅ましさに腹が立つ。

想うだけなんて、愛してもいねぇ女と結婚して、そしていずれ来る十代目が家族を持つ瞬間を、ただの部下として祝福するなんて、本当は、嫌だ。

ただのまじないでも、絶対の確率じゃなくてもいい。
少しでも可能性があるなら…俺は……


「獄寺君!」

「え………」


次に意識を戻した時には鏡ではなく十代目のお顔が目の前にあった。


「獄寺君、ボーっとしてどうしたの?大丈夫?」

「あ……なん、だ…十代目が映った訳じゃ…なく、て…」


実際、十代目は俺の後ろに居たのか。

十代目が居られた事に気付きもしねぇで、俺は何をやってんだ…ましてや何を思った?何を勘違いして……


「ご、獄寺君!?どうしたの!?なんで泣いてっ……」

「い、いえすみません…何でもないんです…何でも…」


情けねぇ…何が潮時だ、何が受け入れるだ、何が許して欲しいだ…!
こんな事でこんなに期待を持って、何一つ現実を見れてねぇじゃねぇか!


「…ね、獄寺君…鏡にオレが映ったと思ったの?だけど実際は違くて、だから泣いてるの?」

「……………」

「君がもし、鏡の中にオレを求めてくれてたんなら、嬉しい」

「…じゅ、だい…め……?」

「オレ、は…獄寺君が…好きです」

「………え?」


十代目、が…俺を、好き…?
今度こそなんの冗談だ…?
俺はまた、自分の都合の良い様に勘違いして…


「ずっと、中学生の頃からずっと、君が好きでした」


その言葉と同時に、暖かくて柔らかいものが唇に触れた。
そこから伝わる十代目の熱がリアルで…


「……獄寺くん、は…?」


俺、ですか?
そんなの決まってるじゃないですか。


「…俺、も…あなたが好き…です、ずっと、好き、でしたっ…!愛しています…」

「うんっ…勇気が出なくてごめん、情けなくてごめん、待たせて、ごめん…」

「じゅうだいめっ……」


今度は一部だけじゃなく、身体全部で感じる十代目の熱に、これが夢でも冗談でも勘違いでもない、現実だと漸く実感した。

結局、リボーンさんが教えて下さったまじないでは、誰の姿も、望んだ十代目の姿も、映らなかった。
失敗だったのかもしれないし、或いは別の意味合いがあるのかもしれないが、日付が変わった今となっては確かめ様もないし、確かめる気もない。

俺にとって、今この現実が全てですから。

そうですよね、リボーンさん。






「ね、獄寺くん…trick or treat」

「えっ!?す、すみません…!まだお菓子の準備がっ…」

「うん、知ってる。だから悪戯、していい?」

「えっ…ちょっ…!じゅうだいめっ…そ、そうです十代目っ!十代目はハロウィン前日のまじないの事、知ってらしたんですか!?」

「ん、今日リボーンから聞いた。いい加減相手作れって。それでその時、獄寺君もやるって聞いて、居ても立ってもいられなくて…」

「リボーンさんが…?まさかリボーンさん…」

「……もう他の人の話はいいでしょ」

「十代目っ…」

「ごめん、もう我慢の限界」

「ちょっ、じゅうだっ…じゅうだいめぇ…!」








end 

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