04

祭りが終わり二階堂の自宅へ戻るころには夜も深い時間だった。
ここからは大人の時間ですと言わんばかりに縁側に置かれた酒を二階堂の父親と酌み交わしながら見た夜空はとてもきれいなもので、このあたりは星がよく見えますが一番きれいなのは月なんですよ、と彼が言う。

「すみれをボーダーにいれてよかったと、今日改めて感じましたよ」
「え」

酒を少し入れないと話せないのがつらいですが、と前置きし冷えたグラスを傾けた。
透明な品のいい清酒が流し込まれるのを見て、あぁ二階堂はこの人の血もちゃんと継いでいるのだと彼の耳の形を見て感じる。

「すみれは前妻の、夏美の娘で。冬樹とは異母兄弟ですし、冬樹が生まれてからは恥ずかしながら私の母が―――すみれから見たら祖母がすみれを疎ましく感じ、ぞんざいな扱いをしていたんです。」

母は昔ながらの古い考えに固まった思考の持ち主で、跡取りは必ず男でなくてはならないとか、女は家を守ってなんぼだと必要以上に厳しく二階堂を育てた。
夏美さんがボーダーに所属し、ここからいなくなってすぐ自分に見合いを持ち掛け結婚させ、息子を生ませたのも二階堂がまだ小学2年生になるかならないかだ。
それから二階堂がボーダーに入るまでの6年間、身の回りの家事を一通り仕込み、与えた部屋は母屋ではなく離れの一室。少なくとも家庭を感じる環境ではなかった。という。

確かに離れは渡り廊下一つで繋がってはいるが、この母屋とは距離がある。
広い敷地で、ずっと一人だったのだろうと予想できた。

「私は父親なのに、すみれを守ることができなかった。
でもあの子はそんな私でも父と呼び、血も繋がらない今の妻を母と呼んでくれます。
本当は冬樹と関わることも苦しいのに、姉として側に居てくれました。
それだけじゃない。ずっと、明るくなりました。」

ありがとうございます、と頭を下げられ慌ててこちらも下げた。
頭を下げるのは、こちら側だというのに。と思うと、心にちくりと針が刺さった。

「これからも娘をよろしくお願いします」

柔らかく微笑む顔も、やはりどこか二階堂を感じさせた。
あぁ、やっぱり二階堂はこの人と、あの人の娘なんだと現実を突きつけられた気がした。



翌日の昼を前に二階堂の実家を後にする。行先は彼女の母親が眠る霊園だ。

助手席に乗る二階堂の手には温室で一輪一輪二階堂が選んだ花の数々。
数こそ少ないがとても美しく咲いた花が多く、色も備えるものというよりは本当に誰かにプレゼントするもののようだ。

霊園の駐車場に車を止め二階堂を見送った。
一緒にどうですか、といった二階堂に親子の時間を邪魔するわけにはいかないだろう?と言って聞かせたが、それだけじゃなかった。

あの人死なせてしまった上に、その娘を適合者だからとボーダーに入れ、そのうえ二階堂に抱くには酷な感情を見て見ぬふりすらできなくなった。
そんな今の自分が墓前に立つことなど許されるはずもない。どんな顔をして立てばいいかわからない。

二階堂の実家から出る直前に、娘をどうかお願いします、と託されたものの行き場のない膨れ上がる感情を隠せるか不安だ。
二階堂の好意に気づいている分、彼女の弟が言ったとおりにしてしまえばどれほどいいのだろうか。皆目見当がつかない。

二階堂は、どれほどの間私を思ってくれていたのだろうか。
いつだったか唐沢さんが二階堂を恋する女子高生らしいと言ったが、今でもそうは思えない。
二階堂はずっと、おそらく理由や信念があって、私に思いを告げようとはしないのだろう。
たとえ周囲から見て取れるほどであっても、言葉にはしないと決めているのだろう。
それを今もなお実行できている事実が、彼女を大人のように見せている要因の一つだと感じた。

おまたせしました、と二階堂が助手席に戻って来てハッとする。
おつかれですか?と心配する彼女に少し考え事を、と誤魔化しエンジンをかけた。

「ずいぶん早かったな、ゆっくりしてもよかったんだぞ?」
「母のお墓日当たりがよくて長話するならもう少し涼しい時期にしようかと」
「そんなに日当たりがいいのか・・・」
「でもお話ししなくてもきっとわかってますよ、毎日一緒にいますから」

大丈夫ですよ、と二階堂は夏特有の瑞々しい爽やかさで微笑みながらシートベルトを締めた。
そういえば二階堂は夏生まれか。落ち着いていて冷静さのある二階堂に不思議と夏という季節がかみ合う気がしていたのはそれもあるのだろうか。
母親は、夏美さんは冬生まれだった。
そのせいか冬のあのからっぽで吹き貫いていくような侘しい風のような人だった事を思い出した。
不思議なことに季節が真逆の親子はよく似ていて、胸の奥が重くなった。

「そういえば誕生日が近いが、何か欲しいものはあるか?」
「えっ」

重くなった胸の奥を隠したくて切り出した話題だったが二階堂は目を丸くしてぱちぱちと何度か瞬きした。
それはそうだろう。誕生日を物で祝うなんて一緒に住むようになってから一度もない。

「あまり高いものは買ってあげられないが、何か希望があるなら」
「わ、悪いですそんな、お気持ちだけで十分です」
「そう・・・か・・・?」
「本当にお気持ちだけでうれしいので・・・」

運転席から見える二階堂の横顔は昨夜の祭り会場を思い出させた。
あぁ、簪とかいいかもしれない。二階堂は和服を着る機会も多いし、私服も洋服が増えてきたとはいえ和服を好んで着ることも多い。
勝手に誕生日プレゼントを内心で決めながらハンドルを切る。
慣れ親しんだ三門市まではまだまだ先だったが、道路標識の三門市までの距離を見るとぐっと近づいた気がした。




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