04

公開日に見に行こうと約束した映画が見れないまま一週間が過ぎ、7月も終盤に近くなる。
1人で見に行けばいいのだがそんな気にもなれずにいれば、珍しいな、と言われる。

そういえば一人で映画館に行くというのはしばらくしていない気がした。
隣にはいつも桜庭がいて、見る前は予告編を見た段階での考察、見た後はあのシーンがよかったとか感想を言い合って、そうするのがもう普通だったことに驚く。
映画館で見かける人、から同級生になって、まだ数か月だというのにいつの間にか側に桜庭がいることが当たり前になっていた。

スマホを通して連絡のやり取りは頻繁にしているが、それでも元気がないのが伝わってくる。
一緒に買った前売り券を見ながら公開スケジュールを確認した。
夏休みの間、一週間に一度は本部から自宅に帰ると言っていて、それが今日。

(だからと言って、まぁ)

桜庭の家に来るとは思わなかった。
常識の範囲内の時間帯、家に戻る日はご両親も居るって聞いた。
桜庭と出かけるには、きちんと納得してもらう必要があることはあの日知った。

軽く深呼吸してチャイムを鳴らすとインターフォン越しではなくダイレクトに声が聞こえた。

「荒船君!?」

荒々しく開け放たれた玄関のドアから桜庭が出てくると、俺を見て一瞬息をのんでゆっくりと歩いてきた。

「どうしたの?その、めずらしい・・・」
「映画、いつの間にか一人で見に行くことができなくなっててさ。
桜庭と一緒のほうが今までよりずっと面白いって思えるし知ってるから、ちゃんと誘いに来た。」

そう言えばくっ、と息をのんでそれから泣きそうな、それでもどこか嬉しそうに笑って、そのままうつむきながら服の裾をつまんだ。
くん、とひかれた弱弱しい力が愛おしく感じた。

「桜庭?」
「私、その、一週間だけだったのに、荒船君と居ないだけで寂しくて。
不安で、毎日が苦しくて、怖くて、そのたびに荒船君に会いたくて」

うつむく桜庭の頭を肩口に寄せて、ぽんぽんと叩いてやればそっとはなれてごめん、という。
少し惜しいことをしたと思いながらも以前近い距離感に心臓が高鳴った。

「とりあえず親御さんの許可からだな」
「なんか娘さんを僕にくださいっていうみたいだね」
「そのほうがいいか?」
「えっ、あっ・・・ごめん調子乗りました・・・」
「冗談はさておき、ちゃんと親御さんに納得してもらわないと一緒に行けないだろうしな。事情が事情だし。」
「・・・ごめんね、なんか、その。面倒なことにしちゃって」
「いいよ」

それでも一緒に見たいんだよ。
それでも一緒に話したいし、一緒に居たい。

わがままだと分かっていても、桜庭を外に連れ出すことが親御さんや兄弟にとってどれだけ不安なことかもわかったうえで、
桜庭と一緒に居たいというわがままを言いたかった。

お邪魔します、と入った桜庭の自宅では玄関先にからすでに以前会った双子の兄弟と父親らしき人物が立っていた。
すごい圧迫面接を受けているような威圧感に正直震えるが、後ろから現れた母親に三人とも叩かれて空気が和らいだ。どうやらカカア天下らしい。

「えっと・・・荒船君?だっけ、ごはんまだ?」
「あ、はい。」
「じゃあ食べて行って、お話も一緒にね」
「・・・お邪魔します・・・」

招かれた食卓は色鮮やかだった。
ボリュームはあるが栄養バランス、カロリー計算がされていて、さすがモデルを育てる過程だと思える内容だ。
俺の右側に桜庭が座り、真正面に両親。左右を挟む形で兄弟。
少しどころじゃなく緊張する空間に座っていると自覚するが、それよりも前から掌の汗がすごいことになっている。

「・・・話があるんだろう」

きた、と息が詰まった。
隣に座る桜庭も緊張していて、さっきの事じゃないがまるでそんな気分だ。

「・・・娘さんや、ご家族にあったことは以前お兄さんから聞きました。ご心配になるのは当然だと思います。
危険な目に遭わせることになるくらいなら外に出ないほうがいいと、正直俺も思います。」

もし、外に出て桜庭が同じようなことに出くわしたら?
前みたいに、あんな風に笑ったり一緒に映画見たり話したり、勉強したりできなくなるかもしれない。
でもそれは、このまま夏を浪費したところで同じ末路かもしれない。

「わがままだってわかってます。それでも俺は桜庭と約束した映画や、花火に、桜庭と一緒に行きたいです。
映画の感想を言い合ったり、ヒーローショーに行って白熱したり、勉強会してわからないとこ教えあったり、
たった数か月の間ですけど一緒にいるときの桜庭はあんなことあったようには見えないくらい楽しそうでした。
毎日しんどい思いをして、やっとあんな風に明るくなったんだと思います。そんな桜庭の努力をこんな形で途絶えさせたくありません。」

多分、最初に映画館に行こうと思うのも大変だったのだと思う。

外に出るのも怖かったのだと思う。それでも頑張って、一人で映画見に行けるくらいまでになって、こうして俺と出会ってくれた。
終業式の一日だったとはいえ、眼鏡をはずして学校に行くって勇気も見せた。

あの出来事があってから桜庭は毎日努力して、頑張ってきたのだと思う。
こんなところで、こんな形で、桜庭の頑張りを終わらせてしまうことが嫌だった。
一緒に居たいわがままもあるが、それもあった。

「私も、」

息をのむ音が聞こえた。
横を見ると桜庭が膝の上で手をぎゅっと握って、うつむいていた。

「私も、怖いけど、それでも行きたい。花火も、映画も、行きたい。」
「春菜・・・」
「・・・正直、今でも外に出るのはしんどいよ。すれ違う男の人も怖いし、人混みも怖い。
それでもね、少しずつだけど楽しいって思えるようになってるの。
三門市に越してきて、ボーダーに入って、いろんな人と関わって過ごす間に怖かったことを忘れる時間が増えて、その分毎日が楽しくて。」

ばっ、と顔をあげた桜庭の目は横から見ても生きている。
昔の桜庭は知らないけど、今の桜庭はこれからの自分のために前を向いていたように見えた。

「私も、こんなことで今まで過ごした毎日を無駄にしたくない。
怖くてもしんどくても、それでも楽しいって思える毎日を過ごせるようになった今までの努力を、無くしたくない。
だから、お願いします。遊びに行くことを許してください。」

桜庭の両親、兄弟ともに顔を見合わせ驚いているような感じだ。
そして示し合わせたように父親を見ると、少し考えためらいがちに息を吐き出してから桜庭を見た。

「出かける前と、帰ったときに家族の誰にでもいいから連絡をくれないか。それができるなら許す。」
「ほんと!?」
「春菜が最近ずっとあかるくなった理由もわかったし、私たちじゃできないことっていうのもわかったから。ここからは私たちじゃ手が出せないもの。
だからその代わりにちゃんと見守らせて。守らなきゃいけない時はちゃんと私たちも駆けつけるから」
「・・・っ、ありがとう・・・っ」

ぼろぼろと泣きながら喜ぶ姿は、すべてを知っている家族にはどう映るのだろうか。
俺としては一緒に行くことができる、という事が喜ばしくてかなり浅はかだが、第一段階をクリアできたことがありがたい。
眠ったままの前売り券が使える日が早く来ないかと楽しみになっていれば桜庭と目が合って、泣いたままの顔でにっ、と笑った。
兄弟と父親からの視線は痛い。ついでに母親からの視線は生暖かいものだったが、彼女の笑みに比べたらチクリと刺されるようなものだった。

夕食をその後いただき、お邪魔しました、と帰ったあとすぐに映画いつにしようか、と届いたメッセージが愛おしく感じながら防衛任務のシフトを必死に思い出す。
自分も浮かれていたんだと思うのは、シフトなんてスマホで管理しているのだから思い出す必要がなかったことを帰ってから気づいた時だった。




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