04

急遽泊まることとなった旅館はいい露天風呂がついていて久しぶりに足を延ばして入れるお風呂に感動しながらゆっくり肩までつかる。

さっきの慶、様子がおかしかったな。

と、握られた感覚がまだある右手を見た。
大きくて皮の厚い手のひら、節くれたごつごつした指。
なんだかんだ男みたいだと言われて生きてきたけど、比較すれば私は女なんだと痛感する。

いいだろ?って言ってきた声も低くて、少しかすれてた。
心臓を叩くにはちょうどいい響きが鼓膜から伝わって、少しだけどきっとした。

いつもの慶じゃないみたいだ。
普段の慶ってもっとこう、すごく馬鹿で、へらへらしてて、頼りなくて。
あんな顔すると思わなかった。もしかしたらあれが私が知らない、ボーダーの太刀川慶じゃなく、大学生の太刀川慶なのかもしれない。

顔が赤いのを長湯しすぎたから、と言い訳できるように少し長めに入ってから帰ろう。と決め、ゆっくりと力を抜いた。



「まさか慶が逆上せてるとはね」

部屋に戻る際女将さんに呼び止められ、お連れ様が気分が優れないようでしたのでお部屋に運びました。と言われた。
二人分のスポーツドリンクをとりあえず買ってきたが、逆上せてダウンしている慶は風通しのいい場所で寝転がり、濡れたタオルを頭にのせている。

「長湯する派だったっけ?」
「考え事してた・・・気分わりぃ〜・・・」
「情けない声出さないでよ」

そっと隣に座布団を置いて座り、近くあった団扇で仰いでやる。
飲めるようにと買ったまだ冷たいスポーツドリンクを慶の首に宛ててやる。大きい血管を冷やすのは体温を下げるのに効果を与えてくれる、と熱中症か何かの応急処置で聞いた気がした。

「さんきゅ〜・・・」
「しゃべらなくていいから、今は休みなよ」

やっぱり頼りない。いつもの、私の知る慶だ。

少し唸りながらも黙った慶を見て、寝る前に回復したらいいけど、と思いながら顔を上げた。
顔をあげると部屋の窓から見る風景が綺麗なことに気づく。
綺麗な月、月明かりを反射する真っ暗な海、星も降ってくるんじゃないかってくらいたくさんある。
三門市は都会ではないが田舎でもない。だがこうして星や月を眺めることはそうなかったかもしれない。

「綺麗だな」
「見てたの?」
「ん」

しばらくして慶が起き上がった。どうやらだいぶマシになったようだ。
同じように外を見て、静かなもんだな、とつぶやいたのが聞こえた。
確かに、時折遠くで聞こえる爆音になれた生活をしていれば、こんな風に静かな夜は久しぶりで少し落ち着かない。

「乗り遅れてよかったかもね、三門市離れてゆっくりなんてできなかったし」
「・・・そーだな」
「慶?」

ゆっくりと慶の手が頬に触れた。
お風呂に入ったばっかりなのにじっとりを汗ばんでいて、肌に吸い付くようにぴったりと当てられる。
まっすぐ見てくる目はまだ熱を帯びている。

「慶?怖いよ」

何か言ってほしい。
触れた場所からどんどん熱くなっていって、怖くて、苦しくなる。

「小百合」

やっと発せられた慶の声は、手と同じくらい熱を帯びてる。
その熱に流されてしまいたくなる自分がいる。

「け、」
「キスがしたい、って言ったらどうする」

畳の軋む音が遠くでした気がした。
近づいてくる慶から無意識に逃れようと体制が後ろへ後ろへと流れて、上半身だけが起き上がった状態になってしまった。
抵抗しようと手を出せばそのまま倒れ込んでしまう。そうなったら、いろんなものが終わると思った。

小百合、ともう一度名前を呼ばれた。
ゆっくりと熱を帯びていく空気と、薄くなっていく二人の間の酸素が、判断力を鈍らせていく。
親指で唇を柔らかく撫でられると力が抜けて、自分が慶の中に落ちていくみたいな感覚に囚われる。

(あぁ、好きって言えてたら。)

この行為がこんなに空しく、中身がないことに気づくこともなかったかもしれない。




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