03
6月15日が来た。
昨日焼いたアップルパイをもって外に出ると雨が降っていて、傘を片手に持ったところで向かいの家からあっくんが出てきた。
おはよう、といつものように声をかけて歩き出せば雨の通学路は人もまばらで静かだった。
「防衛任務か?私服だし」
「うん、学校は一日丸々休むことになったんだ。わざわざ制服着なくてもいいかなって。
授業のノートは後で犬飼に借りるし、一日休めてラッキーかも」
「そうか」
告白しないの?と言った犬飼の声が頭の中で反響する。
人がまばらな通学路は先ほどよりも人が少ない。
言ったら、何か変わるんだろうか。
隣を歩く幼馴染は寡黙で、今日も昨日も変わらない。
ずっと昔から、幼馴染だというのに表情さえ読めないのがつらい。
「―――あっくん」
いつも学校に行くときの分かれ道に立った。
歩く生徒も見えるが、誰も無関心そうに見える。
くん、とあっくんのスクールバックのすみっこをつまんで息をのんだ。
「私、あっくんに」
「穂刈!」
遠くから男の子の声がした。
あっくんのクラスメイトだろうか、親しげに話している。
勇気を振り絞って声を掛けたのにこんな幕切れだ。
少し気分が落ち込んでしまうが、今日はあっくんの誕生日。
ちゃんと祝って別れたいな、と少し深呼吸だ。
「あっくん、これ」
「悪いな、毎年」
「ううん、好きでやってるから」
気持ちを落ち着かせて、手に持っていたケーキを渡す。
切り分けてあるし、使い捨てのフォームも入ってるから影浦君と村上君とも食べて、と伝え防衛任務に向かう。
人並みの逆を走って本部直通の通路に入ってすぐ力が抜けた。
失敗した、ということにどこか安心感を覚える。
まだ、まだ私はあっくんの「幼馴染」で居られる。という安心感が身を包んだ。
「告白失敗したんだ」
語尾に大草原が広がりそうな含み方でそう言うのは犬飼だ。
正確にはスマホの画面越しの犬飼。
うるさい、こちとらあの空気の読めない穂刈の友達Aにどういった感情を向けていいのかわからないのだ。
とりあえずうるさい、ばか。と一言打ち込んで送れば、ポコン、と軽快な音を立ててレスポンスが届く。
今授業中だろ、しっかりやれよ、と思いながらも私も防衛任務中であることを思えばそれは言えなかった。
「っていうか風見って律儀だよね
報告しなきゃ告白したことなんてわかりゃしないのに」
そうだ。別に報告しなきゃ、あのアホみたいな犬飼の提案に乗っからずに済んだのだ。
なんで報告してしまったのだろうか、あぁほんと馬鹿じゃないか私。
「けっこう風見ってアホだね、馬鹿正直というか
素直というか、こっちとしてはいいんだけどね〜」
くっそ、犬飼め。
そして私もなんで報告なんてしてしまうのか。
門が開く警告音が聞こえ意識が切り替わる。
本日二度目の近界民だ。有馬さんの声が聞こえ即座に情報を出し、それぞれに必要な情報を並行して提示していく。
モールモッド二体ほどなら難なく任務は終わる。その後任務中に門は開かず、次の隊へと引き継ぎになった。
「次の隊って・・・二宮隊か」
モニターを見ると現着した二宮隊に現場で引き継ぎ作業している隊長が見えた。
そういえば有馬隊長って二宮さんと古い知り合いっぽいけどどんな関係なんだろうか。
「私と二宮?」
「風見ちゃんからそんな話題珍しいね」
「いやぁ、なんか気になっちゃって」
あっくんの誕生日に、と渡した分と別に余分に焼いたアップルパイを切り分け、紅茶を入れて少し遅めのお茶会をするのが防衛任務後の有馬隊の恒例だ。
もちろん、ちゃんと反省会と報告書作成は済ませあとは私が預かった書類を本部に提出だ。
報告書は今日の帰りに提出するので今はお茶会にいそしむことにした。
「二宮とは中学から一緒で、ボーダーは私が先に入ったんだったかな。」
「中学から仲良かったんですか?」
「いや?私中学は剣道の強豪だからって受験したし、実際ボーダー入るまでは部活ばっかりやってたから、二宮とそんなに接点はなかったよ。
中学で生徒会で一緒だったけど、ちゃんと顔合わせて話すようになったのはボーダー入ってからだから、高3とかそのくらい?」
結構意外だった。
もっと古い友達なのかな、と思えるほど二人は打ち解けているし。
というか、二宮さんのあのまなざしは第三者でも気づく。
「ぶっちゃけ有馬さんは二宮さんどうなんです?」
今から桜庭を勇者と呼びたい。
二宮さんはほぼ確実だから聞かずともわかる。
私たちの興味は有馬さんの思い人が二宮さんかそうじゃないかだ。
期待のまなざしを三人で向けながら息を飲めば有馬さんは落ち着いた様子で紅茶を飲んで、それでもこちらの様子をうかがっていた。
「私じゃ参考にならないでしょ?幼馴染いないし」
バレている。
桜庭は、穂刈君となにかあった?とすぱっ、と聞いてくるし椿もキラキラしながらこっちを見てる。
「有馬さんの話だったのに〜・・・」
「私じゃなくてほとんど二宮の話だったじゃない」
「う〜〜・・・っ、報告書提出してきますっ!」
「あ、ずるい!」
隊長はお願いね、とにこやかだ。
そのうち二宮さんの事やもろもろ聞き出してやる、と心に決めながら報告書をもって隊室を飛び出した。