03
案の定待っている。
真夏の太陽の下マスクにグラサン、校門の前で仁王立ち。
通り過ぎていく生徒がちらちら見ながらひそひそと話す光景はまさに不審者を見る目だ。
そんな不審者扱いされるのを覚悟で校門前で待機しているあたり本気度を感じる。
「お前の兄貴やばいな」
「うん、私も今まじかって思った」
有名人扱いしてエスケープしたのまずかったかなぁ、と自分のしたことを若干後悔する桜庭は腹をくくったように歩き出す。
そのあとを数歩遅れてついていくと桜庭の兄貴からの視線が刺さった。
「なんでまたお前なんだよ、妹になんか用か」
完全に敵判定されていることを感じながら、目立つのでどこかいきましょうと促す。
話が終わらない限り無理そうだ、と桜庭も感じていたのかごめんね、と小さくいった。
駅近くのカフェテラスに入り、壁際の席に座るととりあえず人数分のアイスコーヒーを桜庭が頼む。
木漏れ日が差し込む、心地いい席だ。
「春菜、とりあえず今年は実家に帰ってくんな。
できるだけ三門市に居ろ。後、欲を言えばあんまり外出もしないでほしい。」
店員が離れてすぐそう切り出され、桜庭は驚いて、どうして、と当然の反応を見せる。
「・・・あんまり言いたくないけど、あいつが動いてるらしい。」
「は・・・?」
お待たせいたしました、と運ばれたアイスコーヒーのグラスの中で氷がかち合う音がやけにきれいに聞こえた。
運ばれたばかりのグラスはすでに水滴がつき始め、桜庭の頬にも同じように汗が一筋流れた。
「父さんは地方出張でしばらく家に戻らないし、俺も地方ロケ回るしお前が夏休みの間三門市を中心に生活する。
秋も明日にはこっちにくる。母さんもいつも通りこっちで仕事するってさ」
「ちょ、ちょっと待って?それ、って?」
どんどん顔が青くなっていく。
今まで見たことがない様子にただ事ではないと感じた。
「噂程度だから確信はない、けど。下手したらお前が三門市に居るって掴まれてる可能性がある。」
「・・・それ、俺が聞いても大丈夫ですか?」
「お前に言う必要はない」
だろうな、と思った通りだ。
少なくとも俺が同席して聞いていい内容ではないような気がした。
鞄を肩に引っ掛けながら席を立てば横から手を取られた。
指先が冷え切った桜庭の手が引き留めたのだと気づいたのは振り向いてからだ。
「桜庭?」
「荒船君には確かに関係ないし、迷惑かもだけど。一緒にいてほしい。」
「春菜」
「お兄ちゃん大丈夫、お願い」
お願い、と重ねて言う桜庭の言葉に舌打ちをして少し考えて、運ばれたアイスコーヒーを一口飲んで、息を吐き出した。
桜庭の兄貴の視線を感じ椅子に座り直すと小さな声でありがとう、と言われた。
桜庭の笑顔はどこかぎこちなく、不安げだった。
「モデルの仕事始めて、中二の春くらいから春菜を執拗に狙うやつがいたんだよ。
同じ雑誌でモデルやってたやつで、ストーカー化していくのは当たり前みたいな感じだった。
で、中三の夏休み前、とうとう襲われたんだよ。」
ちょうど三年前くらいの出来事。
襲われたのは桜庭本人だが、被害に遭ったのは助けに入ったもう一人の兄貴の秋という人らしい。
不幸中の幸いで襲われた桜庭にも一緒にいた兄にも大きなケガはなかったが、しばらく桜庭が外出するのが怖くなり普通の生活ができないほどだったという。
そこで高校入試の際、ここには追ってこないだろうという場所を選び、桜庭は大侵攻後まだ不安が残る三門市の学校を選んだ。
こっちには親戚がいて、そこでボーダーのことも教えてもらい、そして万が一、ストーカーが三門市まで追ってきたときボーダー本部で生活できるように隊員になり、上層部とも掛け合ったらしい。
眼鏡をかけるようになった理由も、外せるまで時間がかかったことも、納得がいった。
「聞いてよかったのか」
「荒船君なら」
不謹慎だが信頼されていることはありがたかった。
「春菜、ボーダーの本部で生活できるならできるだけそうしてくれ。
危険区域内は一般人立ち入り禁止なんだろ?そうしてくれたほうが安心できるんだ、頼む」
「・・・上に掛け合ってみる。急だしどうなるかわかんないけど、話は通してあるし・・・。で、でも、出かけるのは駄目かな?映画と花火だけでも」
「やめろよ、もし見つかって襲われたらって思うと気が気じゃない・・・っ」
たのむから、と懇願するような声は本気だ。
泣き出しそうに絶望する桜庭からはそれが現実だとも伝わる。
この二人だけじゃない、この一家にとっては隣接する日常の危険がそこまで来ているのだ。
それでも、約束したことがたくさんあった。
映画を見て、花火を見て、DVDを借りて鑑賞会だってするかもしれない。
ストーカーにおびえ続けてきた今までを経て、今年やっと眼鏡をはずして頑張れるようになった桜庭の最後の夏をこのまま終わらせたくないのは、俺も一緒だ。
そうだったとして、トリガーを使わなければ一般人と一緒の俺に、何もできない。
あまりにも、無力だ。