01

慶の彼女に刺されて一週間。

今日は8月最初の週末、三門市からほど近い遊泳許可の下りた海に来ると学生たちは大いに喜んでいた。

「じゃあ予約した沖釣りに行ってくるよ」

沖釣りの引率に東さん。

「浜辺は私たちで何とかしますね、定時連絡は12時と15時ですね」

浜辺担当の引率は私と二宮だ。
東さん側に何人か隊員が一緒についていき、沖釣りを楽しむようだ。

「悪いね二宮、あんまこういうの得意じゃないのに」
「太刀川の奴じゃ回せない仕事だろ、むこうでスイカ割りにいそしんでるくらいだしな」
「早速スイカ割りからやるとか・・・」

来たばっかりだぞ、と思いながら眺めれば突然ふわりと肩に何かがかかった。
先ほどまで二宮が手に持っていた衣服で、薄手ではあるが季節はずれにも長袖のパーカーで、当然のようにサイズが大きい。

「着てろ」
「熱いよ」
「そうじゃねぇ、左手。怪我してるの見られたくないんだろ」

手の甲までカバーする、女性向けのスポーツウェアでよく見るような仕様になっているそれはありがたい気づかいだった。
ありがとう、借りるね。と袖に腕を通せば、前も閉めろ、と言われるがそれは暑苦しいのでご容赦いただきたい。

「怪我のこと知ってんのは」
「現場を見た出水と米屋、手当とかもろもろお世話になった東さん、事情聴取してきた加古と二宮だけだよ」
「太刀川は」
「言えないよ」

仮にも彼女が知人に殺人未遂まがいの事件だなんて、言えるわけがない。しかも動機が自分だ。
胸の中に秘めておきたいし、知ってる人には黙っておいてほしい。

「・・・定時連絡には連絡する。お前は女子勢を見張ってろ」
「見張ってろって・・・有馬、了解」

とりあえず広い砂浜に刺したパラソルの下、持ち込んだ本を読みながら保護者に徹することとした。
二宮は犬飼と加古に呼ばれて行ってしまった。
ぽつん、と残されたパラソルの下にはみんなの荷物もあるのでしっかり見張り番をしなくては。

「泳がねーの?」
「今日は保護者で来てるからね」

慶が様子見に来てくれたが、残念ながら泳ぐことは難しそうだ。
隠している左手にはいまだに包帯がまかれているし、海水は駄目だろう。
ふーん、と言いながらクーラーボックスから飲み物を取ると一口飲んだ。

「飲む?」
「じゃあ一口もらう」

慶の飲んでいたものをそのまま受け取り一口もらうとオレンジの炭酸飲料だった。
いつもはグレープだったのに珍しいね、と言えばたまに飲みたくなる、と返される。

「出水達呼んでるから行くわ」
「いってらっしゃい」
「おう」

軽く手を振り見送ると入れ替わりで二宮が戻ってきた。加古と黒江ちゃん、熊谷ちゃん、木虎ちゃんと中々珍しいメンツも一緒だった。

「珍しいメンツだね?」
「定時連絡入れる前に入れかわりでご飯食べに行こうって話になったの、私たちは先に行こうと思って小百合を誘いにね」
「じゃあ一緒に行こうかな、二宮任せていい?」
「わかった」
「ありがと」

本にしおりを挟み、必要最低限の貴重品をもって加古たちと海の家に行く。
昼になる少し前の時間、じりじりと焼き付ける太陽がまだ本気を出さない時間だ。

「有馬さんって太刀川さんと二宮さんどっちと付き合ってるんですか?」

厨房から運ばれてきた焼きそばを食べながらそう聞いてきたのは熊谷ちゃんだ。
さすが花の女子高生、こういった話題も気になるのかぁ、と同じく焼きそばをすすりながら思えば興味があったのは木虎ちゃんもだったらしい。
大抵どちらかといますよね、と続いた。

「どっちとも付き合ってないよ、そして慶には彼女がいる」

この前刺されたのは記憶に新しすぎるが、まだ一応付き合ってる状態なのだろう。
どうなっているかはわからないが。

「太刀川さん彼女いるの?」
「大学にね」
「絶対長く続かなさそう」
「よくわかったね、今距離を置いてるんだって」
「すぱっと別れて有馬さんと付き合ったらいいのに」
「私が?」
「好きなんですよね?」
「ま、まぁ・・・」

趣味悪い、みたいな目で見てくる木虎ちゃんに同意しかない。
私も趣味悪いと思いながら慶に片思いしてるのだ。

「じゃあ二宮さんは?今付き合ってるって噂流れてますけど」
「あれは二宮が気を使って言ってくれてるんだよ、私慶の彼女に敵視されてて粘着質に絡まれてるから。
それで慶に、私と二宮が付き合ってるって認識させて遠ざけようってことで。多分それが広がってるんだと思う」
「それ二宮さんと付き合った方がよくないですか?太刀川さんには彼女がいて、有馬さんは二宮さんと付き合ってる噂があって、って」
「本当に付き合うんだとしたら、私はちゃんと二宮の気持ちに向き合わないといけないよ。
そのうえできちんと二宮と付き合う覚悟決めないと二宮に失礼でしょ」

二宮が私を真剣に思う気持ちは伝わってくる。真剣には真剣に返さなくてはいけないのだ。

「真剣に向き合って、真剣に返したとして。望むものは得られましたか?」

真っすぐに見つめられながら木虎ちゃんに言われるとドキリとする。
答えはNO。私は一番ほしかった太刀川慶の隣にいることができなかった。

「木虎ちゃんは烏丸が自分じゃない誰かと付き合っていたとして、あきらめることできる?」
「できないですよ、そんなの」
「そうなんだよねぇ、なんでか知らないけど。
慶じゃなきゃ嫌だって思う心がどっかにあって、性懲りもなくまだ慶のことが好きなんだよ。
だから私は慶のことも、二宮のことも真剣に立ち向かうしかないんだよ、木虎ちゃん」

結果がどうであれ、真剣に向き合わなかったら最後に後悔してしまうのだ。

海の家を後にして定時連絡を入れるから、と加古にみんなを任せて見送る。

真剣に向き合うかぁ、と思いながら痛む左手を見た。
慶のことが好き。二宮はいい友人だと思ってるし、きっとそれはこれからも変わらない。
いろんな場面で二宮には助けてもらっているし、それに対してはどうにかして報いたいしお礼をしたいが、どうすればベストかはわからない。
二宮は、どうしてほしいのだろうか。どうしていいかわからない。

ただ慶が好きで、二宮とは付き合えないという事しかわからなくて、二宮に助けられるたび彼を利用しているような気がして心が苦しいのは確かで、

「わけわかんないや・・・」

彼女と急に距離を置いた慶も。私をずっと助けてくれる二宮も。
訳が分からないことばかりで、思わずその場にしゃがんで息を吐いた。
夏の暑さに、少しだけ重たさを感じる二酸化炭素を肌で感じるだけにとどまって結局答えなんて出なかったのだ。




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