03

水族館に誘った瞬間、とたんに嬉しそうにほほ笑むから心臓が捕まれたのかと思うほど鼓動を忘れた。
彼女にとってこの水族館が特別であることが伺えて、5年も一緒に暮らしておきながら自分はまだ彼女の事を知らなかったのだな、と新たな一面に出会った気がした。

もう二階堂の母親の面影を感じなくなりつつある。
初めて会った時は生まれ変わりかと思うほど面影があって、成長するたびに彼女は母親に似ていくのだろうと思っていた。

でも違ったのだ。

彼女は母親と当たり前のように父親の血を継いでるのだから、彼女の中に父親の遺伝子があるのは当たり前なのだ。
目元と髪の色、質はきっと母親譲り。落ち着いた性格や穏やかな空気感は父親からだろう。

もうすぐ二階堂の18回目の誕生日が来る。
あどけなさの中に大人を感じるようになって、女性を感じるようになってきた。
もう13歳だった、達観していた幼い少女の二階堂はこの5年で薄れていった。
少女から女性に変わっていく二階堂を傍で見守りながら、日に日に膨れ上がる感情を無視できなくなりつつある。
これが母親を重ねて見てしまっていることなのか、それとも、

「忍田さん?」
「あ、すまない。考え事をしてた」
「お疲れなんじゃないですか?お風呂沸いてますし温まって早めに休んでください。」

本部長が倒れたら大変ですよ、という二階堂は二階堂だった。
自覚しては駄目だ、と器に残った味噌汁で言葉を体に流し込みごくりと飲み込んだ。
暖かく、優しい出汁の香りが鼻から抜けていって気持ちが落ち着いた。

「そうするよ、悪いな」
「いえ、私も好きでやってますし」

おやすみなさい、と食器を片付けながら二階堂はいう。
明日から期末テストらしく、少し勉強してから寝るのだろう。キッチンでケトルが火にかけられている。

あまり無理をするなよ、と言いながら当たり前のように沸かされた風呂に向かう。
あぁ、きっとこんな日常が幸せとでもいうのだろうか。
だとしたら、私はもう二階堂を手放したらこんな日々を感じなくなるのだろう。
人間という生き物は、苦痛には耐えられても幸福には抗えないものだな。そう、痛いほど感じた。





「国近ちゃんは少し背があるから大柄のほうがいいかな」
「え、そうなの?」
「背が高い人には前から見て10個くらいの柄が入ってるくらいのを選ぶと着た時すこし華奢に見えるよ、逆に大柄な人が小さな柄を選ぶと着た時に面積に対して多く柄が見えるからよけいに大きく見えるの。」

へー、と言いながら浴衣を手にしていく。
テスト期間最終日に浴衣を買いに行くよ!と連れ出され、それぞれに見立てているところだ。
二階堂ちゃんは選ばないの?と聞かれるが、私はいくつかあるのでいいと断り選ぶ側に徹した。

それよりも目下の問題は浴衣ではなかった。
テストが終わってからずっと水族館に行くための服をどうしよう、と考えるばかりだった。
忍田さんと二人きりで水族館に行くのだ、普段から気を付けてはいるがちゃんとした、かつ可愛くてよさそうな服を選びたい。
水族館の後は実家に帰省することになるのだが、それでも私の最大のイベントはそこだった。

「なんか悩んでる?」
「あ、いえ、新しい服がほしいんだけどどれがいいかなって」
「浴衣選んでもらったし選ぶよ〜」

浴衣を手に店内を歩く。
学生にやさしい価格設定のお店は可愛い服が多くてかなり迷う。
正直実家に居た頃の私服は和服一択だったし、こちらに来てからも無難なものが多かった。
世の女の子はおしゃれに余念がないなぁ、と流行を見ながら思う。

「夏休み何かあるの?」
「実家に帰ることになったから、ちょっとだけこっちを離れるくらいかな」
「そうじゃなくて、忍田本部長と」

にまー、と笑う国近ちゃんの顔が完全に見抜いている顔で、もう隠すことなんてできないんだろうなぁ、と感じる。
国近ちゃんのセンサー感度の高さはすごい。

「実家に帰る前に、水族館に行くことになった」
「ほほう?」
「・・・ふ、ふたりで」
「ほほう!!」

改めて口にするだけで口元がにやけてしまう。
きゅー、っと両手で口元を隠すが顔の赤さはどうしようもない。
年上と水族館デート!夏休みに!いいですなぁ!なんて何のキャラかわからない口ぶりで服を取っては私に重ねて、あぁでもないこうでもない、と悩んでくれる。

「すっごい緊張する・・・」
「一緒に住んでるのに?」
「一緒に住んでても四六時中一緒じゃないし、その、お出かけするの初めてだし・・・」
「初デート!?じゃあ気合い入れないと」
「で、でも、水族館の後そのまま実家行くから気合い入れすぎても!」
「家族紹介?」

焦ってどんどん口を滑らせていく。
自分でも思っていた以上にうれしくて、楽しみで、テンションが上がっていて、すごく緊張してるのがわかる。

「青春してるね〜」
「ほんとどうしよう・・・」

緊張でしくじらないか今から心配で。
でも忍田さんと一緒に出掛けるのかすごく楽しみで。

少しだけ、早く夏休みが来ないかな、と願った。




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