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梅雨が明け、普通の学生は進学や就職に向け意識が変わるころだ。
ボーダー隊員はどこか余裕を持ちながら夏休みの前にある期末テストをぼんやりと感じながらも、それでも夏休みが待ち遠しいと言った感じで授業を受ける。

「夏休みって言ったら海、花火、お祭り!だね」
「楽しそうだね国近ちゃん」
「二階堂ちゃんは誕生日あるよね、やったね!」
「夏休み中だし祝われたことないけどね」

そもそもボーダーに入る前までにいた学校ではあんまり親しい人もいなかったし、家族間で何かやっただろうか、古めかしい古風な家だったからケーキを食べた記憶がない。
父に毎年手紙をもらう程度か。三門市に越してきてからも毎年誕生日に郵便受けに届くから中々にまめな父だ。

「ね、浴衣買いにいこ!」
「選んでほしいの?いいよ」
「やった」
「呉服屋さんあったかな」
「本格的過ぎなくていいからね?」

着付けもできるから、これは花火の日は着付けを頼まれるな、と予想しつつ次の授業の教科書を出した。

「一緒に行こうよ、花火」
「えぇ〜・・・」
「いいじゃん〜、みんなでまとまって行こ?ね?」
「あんまり興味ないなぁ、お祭りって行ったことあんまりないし」
「だめだな、それは」
「うわ、穂刈」

違うクラスなのにどうした、と思えば当真に貸していた辞書を取り返しに来たらしい。
当の当真は寝ているので勝手に机をあさって探していた。

「いいぞ、祭りは」
「地元やってなかったの?」
「あったけど夏休み中はほとんど家の個展会場に出ずっぱりだったし、こっちきてからも、ほら、去年まで同じクラスにボーダー関係者国近ちゃんだけだったし・・・」
「友達いなさすぎでしょ・・・」

うっ、と心臓が痛くなる。そうだ、正直友達がいない。
というかボーダー関係者くらいしか話せる人がいない。
そもそも普通の人とどう話せばいいかわからない。
地元でも、二階堂家の跡取り候補、という肩書があってクラスにはなじめていなかった。
今ではS級隊員、忍田本部長預かり、ということもあって話せる人は結構少ない。

「じゃあなお行こう!いざ祭りへ!」
「海もあるぞ」
「じゃあ水着も買いに行こう」
「国近ちゃん意外に乗り気だね?引きこもろう?」
「二階堂ちゃんの浴衣姿と水着みたい」
「見なくてよろしい」

行こうよ〜!行こうよ〜!という国近ちゃんの奥で授業開始のチャイムが鳴る。
これが終わったら私は防衛任務で早退だ、逃げよう。と決めながら前の席で寝る当真の椅子を蹴り上げた。





これをどうぞ、と唐沢さんから渡されたのは三門市の隣の市、二階堂の故郷にある水族館のペアチケットだった。

「どうしたんですか、これ」
「取引先からいただいたのですが、生憎行く人がいないので。
使わないのももったいないですから二階堂と行ったらどうですか?」
「なら二階堂に渡しておきます」
「違いますよ、二階堂と行ったらいいと言ってるんです」

ペアチケットですから、という唐沢さんの顔はどこか余裕だ。
どうせ二階堂は夏休みも帰省する気がないでしょうから、それを理由に一度家に顔を見せに行かせたら、と続けもっともらしい理由で納得させられそうになる。

たしかに、ゴールデンウィークでは個展会場にだけ行き、実家には帰らなかったという。
保護者としても彼女の進路についてお話をするべきだった。

わかりました、と受け取るとそれがわかっていたように、楽しんでくださいね、と笑う。
以前から感じていたが、唐沢さんは自分と二階堂の関係性に興味があるように見える。
特別なことは何もない。ただの保護者と保護対象だ。と、何度も言っている気がするのにだ。

「二階堂が気になりますか」
「気になっているのは忍田さんでは?」

否定はできなかった。
だからこそ、距離感を間違えてはいけないのだと思いながら見守る体制を決めようとしている。
それこそ愚の骨頂のようにも感じ、保護者であることを放棄してしまいかけている気がする。

「二階堂に関われば関わるほど、彼女が子供ではなくなっていく気がします」
「そうですか?」
「あの子は強がるばかりで、弱さを見せようとしない。子供らしくない気づかいばかりして」

毎日つま先立ちをして、いまではなく先ばかり見て、足元の大切な今をないがしろにしている節があって。

「・・・何を笑ってるんですか」
「すいません、聞いていたらずいぶん二階堂が子供らしくて、安心したんですよ」

少しだけ息を整え、唐沢さんは自販機でいつものコーヒーを買った。

「好きな人に迷惑を掛けたくない、好きな人に大人に見られたい、好きな人にいい印象を思ってもらいたい、ずいぶん女子高生らしいじゃないですか。」
「冗談を言っているわけでは、」
「彼女が子供らしくない、と言っているのはあなた自身がそう見たくないからだと思いますよ。」

二階堂すみれはもう、母親とは別人でしょう、と言い残されると先日見た穏やかな寝顔を思い出した。
彼女の娘であるということ、彼女とは別人であるということ、彼女に惹かれていた自分が、いつの間にか二階堂すみれに惹かれつつあるということ。
唐沢さんが居なくなった廊下には自分一人だ。自分で考えて、まとめて、受け入れろと言われているような静けさが少し痛い。

深夜に帰ったとき用意されている温かい味噌汁も、朝に入れてくれるちょうどいい味のコーヒーも、お昼に食べるお弁当のおいしさも、どれも体に染みついてしまった。
おはよう、いってらっしゃい、おかえりなさいという言葉が暖かくて心地いいということも知ってしまった。

それでも、

「それでも私は二階堂の保護者だ」

彼女の成長を見届けられないことを覚悟のうえで私に預けてくれた彼女の父の代わりに、
黒トリガーになってしまった好きだった女性の代わりに、彼女が学生である内は保護者として関わって行かなくてはならない。

どうしても彼女の思いを受け止められないし、自覚してはいけない気がしてそっと水族館のチケットをポケットにねじ込んだ。




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