02

放課後になってカゲの家であるお好み焼き屋に集まれば、すでに穂刈や鋼、もちろんカゲがいた。
桜庭は防衛任務の報告書作りで少し遅れると連絡があった、と穂刈が言えば少しほっとした。

「つーかどうして桜庭を呼んだんだよ」
「思ったんだ、良かれと」
「荒船は桜庭が苦手なのか?」
「ちげーよ」

いつもの、とカゲに注文しお冷を飲む。
まだ振り続ける雨は弱いが一日振りっぱなしで嫌になる。
桜庭は本部からここまで一人か、大丈夫だろうかとあらぬ心配までしてしまう始末だ。
そんなことを考えてるとカゲがあぁ、といった顔をして納得した。
やっぱりわかんのかよ、と感情を向ければうぜぇ、と言われる。

「ごめんね、遅れた」
「お疲れ、桜庭」
「お疲れ様、みんな。あ、影浦君、私いつものね」
「はいはい」
「桜庭ってカゲん家の常連なのか?」
「うん、あ、ここで会うの初めてだっけ」

さりげなく隣に座られるとどきりとした。
入り口から入って一番奥のテーブル席、鋼、穂刈が目の前。
俺、桜庭がそれに向かい合うように座る。
穂刈の目がナイスアシストだろう、とみたいな視線を送ってくる。いたたまれない。やめてくれ。

「そうだ、ノート」

少し湿った鞄からノートを取り出して渡す。
今日やった範囲に付箋を貼ってあるから、すぐわかるだろう。

「ありがとう、明日返すね」
「明日その授業ないし気にすんなよ」
「復習の時困らない?」
「平気」
「じゃあちょっと借りるね」

あの先生すぐ授業進めるから一回出席しないだけですごい困っちゃうから、助かる。とふにゃりと笑う。伊達眼鏡越しだがかわいい。
ここが穂刈たちの前じゃなかったら色々きついものがある。

「そういえば狙撃手界隈って仲いいのか?」
「そこそこ、だよね?穂刈君」
「そこそこ、だな」
「なんだそりゃ・・・」
「年が近いと勉強会とかたまにやるかな、私は奈良坂君とか古寺君にも聞かれることあるけど」
「賢いからだろ、桜庭が。わかりやすいし」
「そうなのか?俺も教わろうかな・・・」
「わかる範囲なら任せて、あぁでも国語は苦手なの。そこだけは頼らないでほしいかな・・・」

各自じゅうじゅうと焼き始める中桜庭のはいまだに来ない。
気になっていれば店の奥からカゲが出来上がったそれを持ってきた。
広島焼きだった。あぁ、確かにこれはテーブル席で焼くには場所をとるな。

「広島焼き派?」
「お父さんが広島出身で、これ以外認めないって言って食べさせてくれなくって。
実はスタンダードなほう食べたことないんだよね」
「俺ン家のメニューにないから完全にコイツ用だな」
「カゲありがとう、すごい感謝してる」
「おう」
「じゃあこっち食ってみるか?イカ玉」

焼きあがったお好み焼きをヘラで切り分けるといいの?と聞いてくる。
こっちが聞いてんだからいいんだよ、と言えば続いて穂刈がブタ玉、鋼が海鮮ブタ玉をそれぞれ勧め始める。
結局全員で全員のをシェアし始め、終わるころには少し遅い時間だった。

「桜庭時間大丈夫か?」
「あ、結構経ってるね」
「送ってく、お前らまだ食ってんだろ」
「あぁ」
「じゃあ駅まで送ってくっから食ってろ、桜庭行けるか」
「ありがと、カゲごちそうさま。」

きちんと支払いを済ませて店を出る。
雨はさらに弱くなってるが、まだ降っていた。
桜庭が落ち着いた色の傘を広げて一歩進むと、それに続いて傘を挿した。
遊園地では手をつなげる距離だったのに、また遠のいた気がして寂しく感じた。
女々しいもんだが、そう感じてしまうのだから仕方ない。

「楽しかったな」
「そうか?」
「うん、あんまり雨の日でいい思い出ってないから、今日はすごく楽しかった。」

桜庭の横顔には影が落ちる。
雨が降っていることも忘れて手を伸ばして指で頬を撫でてしまうと桜庭が驚いた顔でこちらを見た。

「悪い、つい」
「ううん、ちょっとびっくりしちゃっただけだから。平気」
「あー・・・」
「荒船君?」

自分の挿していた傘を閉じて桜庭の持つ傘の中に入る。
傘を持つ手を奪い取るようにとれば、展開についていけない桜庭はぽかんとしていた。
傘の中の小さな世界には二人きりで、少なくとも桜庭は一人ではない。

「駅まで一緒に居ていいか?」

少し雨が強くなって、傘の中の小さな世界はそれこそ外と隔離されてしまったように感じる。
小さい、二人分だけの世界がひどく心地いい。

「う、うん」

顔が赤く見えるのは、気のせいだと思いたくなかった。
少しでも気に留めてくれているなら、好都合だ。
狭い世界で身を寄せ合うように距離が近い。互いの呼吸の音どころじゃなく、心臓の音まで聞こえそうなほど、傘の中は静かだ。
でも雨の量は先ほどより多くなってきた。濡れないように桜庭の肩を抱き寄せると、ねぇ、とささやくような声が響いた。

「雨の日の相合傘の中って、互いの声が綺麗に聞こえるんだって。
ちょうど今みたいに雨の量が少し多いと最適なんだとか」
「それあれだろ、雨粒に音が反響して、傘の中で共鳴するからって聞いた気がする。」
「うん、それ。だからかな、荒船君の声を聞いて今すごく安心するの」

駅が見えてきた。
いつの間にか終わりも近かったのかと別れ際に来るさみしさが押し寄せた。
自分の傘を挿そう、と傘を返そうとするとその手を握られた。
ちょうど桜庭の家の方面に走る電車が到着を告げる汽笛がなっているというのに、傘の中は時間が止まったみたいだった。

「私初めてかも、雨がやんでほしくないって、思ったの」

あぁ、本当に時間が止まってしまえばいいのに。時間通りに動く電車は時間通りに停車したのが見える。
雨もずっと降ってるけど、いつかはやんでしまうのに。
今の桜庭と、できるだけ長く一緒に居たいと願った。今までできっと、一番強く願った。
それでも泣き出しそうな顔を見たら何も言えず、小さく震える手がひたすら弱弱しく俺の手を握るから与えられる体温を甘受するしかなかった。

「―――暖かいな」

好きだ、とのどにつっかえる言葉を飲み込んで、やっと出た言葉だった。
雨がやんでほしくない、という願いにこの言葉しか出なかった。
国語が苦手な桜庭に伝わるかはわからないが、それでもこの言葉に願いをかけるしか今の俺にはできなかった。
というか、それしか勇気が出なかった。

「電車、調整で止まってるうちに早くいけよ。遅くなるぞ」

やっとの思いで手を放し、自分の傘を挿す。
桜庭は傘を閉じて駅の軒下に入る。電車が動き出すまで、おそらく時間はない。

「また明日ね、荒船君」

太陽みたいに明るい笑顔で手を振りながら改札を通る。
小さく手を振って見送り、息を吐き出した。
雨がやんでほしくない、その言葉にどこまでもうぬぼれてしまう。

「好きだ」

いつ、ちゃんと伝えられるかわからない思いが、狭い傘の中に消えた。




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