02

ボーダー本部に行くといつだったかあきらめません宣言をした人が見えた。
確か佐川君だ。ほんとにボーダーに入ったのか、仮入隊期間であることを考えると素質はあったらしい。

「あいつマジで二階堂先輩狙ってきてますよ」
「まじでボーダー入ってくるとかスゲーわ」
「出水、米屋も」

手に持ってるのなんですか、と嬉々として聞かれるがこれは忍田さんへの差し入れだ。
そっと背中に回してあの子適正あったんだ、と切り替える。
向こうもこちらに気づいたのか駆け寄ってくる。俺ボーダー入りましたよ、これからはガンガン行きますから!と宣言されるがため息しか出そうにない。

「・・・私より強い人じゃなきゃ嫌よ。精進しなさい」
「はい!・・・ところで先輩って実力で言えばどのあたりですか?」
「C級のお前じゃ相手になんねーS級隊員様だよ、無謀だな」
「S級?」
「規格内のトリガー使いじゃないってことよ、個人ランク戦もできないしチームも組めない規格外の人。ノーマルトリガーで私が倒せるようになるまで、まぁ頑張って。」

佐川君を二人に任せて本部内の慣れた道を行く。
さすがに厭味ったらしく相手にならないと言ったんだ、そこそこ彼の中で株が落ちてほしい。
ノーマルトリガーで黒トリガーにサシで対抗できる人なんて、太刀川さんや忍田さんを除いて何人いるのか。彼には狭き門だろう。

差し入れと着替えのワイシャツが入った紙袋を持ち直しながら上層部行きのエレベーターまで歩く。
行きなれた道を歩いて数分もすれば目的のエレベーターだ。エレベーターの前まで行くと後ろから伸びた手が先にボタンを押し込んだ。

「お疲れ様です、唐沢さん。」
「お疲れ様。それ忍田さんに?」
「はい。今日は遅くなりそうだと言っていたので」

エレベーターが到着した音が聞こえ、扉が開く。
先にどうぞ、と促され先に入らせてもらうと目的の階層のボタンを先に押す。
唐沢さんも同じフロアの執務室に行くのだろう。追加でボタンが光ることはなかった。

「人気のある子は大変だね」

扉が閉じてすぐそう言うと、どこか楽し気に口元が笑う。
先ほどの会話を見ていたようで
おそらく以前営業に連れ出されたときの唯我のことも含めて言ってるのだろう。記憶力のいい人だ。

「顔の造形は良く生まれたので、割りと慣れてます」
「しれっとすごいこと言うね」
「あしらうのがお上手そうな唐沢営業部長様にどうかご教授願いたいくらいです」
「君、結構根はいい子だから難しいと思うよ」

正確の悪い大人だなぁ、と思いながらもエレベーターはどんどん上がっていく。
小さな密室の空気は唐沢さんのよく吸っているたばこの銘柄の残り香で満たされていくような気がした。

沈んでいく肺の重たさとは反比例して目的のフロアまで上がり切ったエレベーターがチンッ、と軽快な音を立ててから静かに扉が開く。

「そうそう」

意味深な口元が不敵にゆがむ。
唐沢さんは時々こういう顔をするが、この顔で入れてることはたいていよろしくないことだ。

「君をボーダーに勧誘したこと、忍田さんは少し後悔していたよ。
ボーダーに勧誘し無ければ、年相応の人生を送れたんじゃないか、って」

それじゃあね、と手を振り通路先に消える背中が不適だ。

そうか、私は、やっぱり。黒トリガーほどの価値しかない。
わかっていたのに、それでも苦しくなるのはただの傲慢だ。

慣れた足取りで本部長室に向かい、息を整えて軽くノックをした。
入室すると、そこに忍田さんの姿はない。

とりあえず置手紙でもして、あとでメールもしておけばいいか、と机に紙袋ごと置きメモ帳とペンを拝借させていただいた。

「あれ、二階堂ちゃん?」
「沢村さん、お疲れ様です。お邪魔してます」

本部長補佐である沢村さんに会うことも想定済みだったのに、それでも急に声を掛けられるのは少し驚く。
本部長に差し入れ?と聞かれると、今日は帰りが遅いみたいなので、と返すのも割と鉄板だった。

「二階堂ちゃんのお弁当おいしそうだからいつも本部長がうらやましいな」
「沢村さんにも作ってきますか?作れる範囲ならリクエストも受けますよ」
「手間かかっちゃうでしょ?気にしないで」
「大丈夫ですよ、どうせ学校で当真君とか国近ちゃんとか、この前は学年も違うのに出水のリクエストもやりましたし。」
「その家庭力見習わないとな・・・簡単なので済ましちゃう癖あるから」
「忙しくても食事はちゃんとしたのを取るべきですよ、というか忙しいからこそ食事をおろそかにするのは駄目です」

実際、病弱な父は忙しいのに加えて食事をおろそかにしたせいで頻繁に倒れていた。
食事をおろそかにすることに関しては、あまりいい思い出はない。

「じゃあ今度来た時にお願いしようかな、今ごはん食べてきちゃったから思いつかなくって」
「いつでもどうぞ、頑張って作りますから。これ、お願いします」

本部長室を出てエレベーターに乗るまで、気が抜けなくなったのはいつからか。
沢村さんはやっぱり大人で、本部長補佐として活躍しているのもうなずける。

「早く大人になりたい」

独りよがりな願望がさみしい。
早く社会に出たからって、学生じゃないからって大人になれるわけじゃない、と国近ちゃんに言われたのを思い出す。

でもどれだけ側に居たとして、15歳差という溝は埋まらない。
精神的にも、熟練度も、見てきた景色も、全然違うのだ。

あの人が私の奥に居る誰から見るたびにどうしようもない焦燥感と嫉妬心が胸を焼くのだ。
醜いそれを感じるたびに、己がどれだけ未熟で子供なのかと痛感して、早く大人になりたいと願うのだ。




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