05

仕事の休憩に、とデスクを抜けだし自動販売機でなじみのコーヒーのボタンを押した時だった。唐沢さん、と声を掛けられるとその声の主は先日食事に連れ出した少女の保護者である忍田真史だった。
わざわざ声をかけるほどでもない、まして自動販売機の前で会話をするほど話のネタも持ち合わせていない彼からの声掛けは先日のこと以外ないだろう。
彼が食事の約束をキャンセルし、キャンセルされてさみしそうにしていた二階堂を食事という名の営業に付き合わせたのは事後報告だった。

「先日は勝手に二階堂を付き合わせてしまってすみませんでした、なにか問題はありましたか?」
「いや、むしろ迷惑が掛かってないか心配で」
「彼女が?迷惑なんてかけるタイプじゃないでしょう、むしろかなり助かった。
彼女の実家は名の通った華道家の家だし、そこそこの企業にも知り合いがいるみたいでね。うまく話を合わせてくれて助かりましたよ。」

できることなら今後もたまに手伝ってほしいくらいだ、と言えばわかりやすく殺気立つ。
予想が確信に変わると、次はこの状況を進めたくなってしまう。
どう仕掛けようか目論んでいる横で、忍田さんもコーヒーを買っていた。
いつも飲むブラックコーヒーだ。でもそれが一番好きな味ではないだろう。いつだったか、二階堂の入れるコーヒーの味が一番だと漏らしていたのを思い出す。

「そういえば二階堂は卒業したらどうするんでしょうか?大学には?」
「行かないの一点張りだ、できることなら大学もきちんと出てほしいんだが」

保護者としてはそうだろう。ボーダーがいつまで必要かはわからない。
大学を出ておくことは、必要最低限、ボーダーの無くなった世界では必要になるかもしれない。
その心配をよそに、彼女は卒業したらすぐにでもボーダーに就職するのだという。

彼女にしてみれば、高校を卒業するとさすがに一緒には住めないと感じているのだろう。
そうなったら、できるだけ長く一緒に居られるのはボーダーだ。大学など行かず、ボーダーに長くいれば、と。
あぁ、やはり彼女は恋する乙女で、盲目な子供だ。

「二階堂をボーダーに連れてきたのは、間違いだったのだろうか」
「貴方でもそんなことを考えるんですね」
「考えもしますよ、彼女は彼女の母親が残した黒トリガーの唯一の適合者だった。
だからボーダーに勧誘した。それだけだった、が、」
「二階堂の母親を思い出しますか?」

林藤支部長に聞いたことがあった。二階堂は母親に似ていて、その人に忍田さんが片思いをしていた、と。
忍田さん本人が気づかないまま死別したそうだが、黒トリガーを回収したのは忍田さんだったと聞く。
おそらく、黒トリガーを回収した時に気づいたのではないだろうか。気づかなかったとしても、彼女を見る目は過去の遠い恋を見る目に似ている。

自分に恋い焦がれる少女の奥に、自分の過去の色恋沙汰を見る。という行為は、どれほど罪深いのだろうか。

「・・・確かに、二階堂は母親によく似ています。だからといって、同じ目で見ることはありません。
無意識下ではあったのかもしれませんが、それは、悪かったと感じています。」

どうやら彼女の好意には気づいていたようだ。
だとしたら、なおむごい。救いようがない。

「わかったうえで、大人へのあこがれだと諭すことはしないんですね」
「二階堂がそれで納得してくれるなら、そうしてます。でも、そう簡単ではないでしょう。」

コーヒーを空にすると横のごみ箱に捨てる。
カコン、と軽い音が底にあたって倒れる音がやけに響く。

「彼女をボーダーに勧誘して、連れてきてからずっと感じていますよ。
彼女には普通の高校生として生きて、同じくらいの子に恋をして、子供らしい速度で成長することができたんじゃないか。それを、黒トリガーの適合者だからとゆがめてしまったのではないか、と」

つまらない話をしましたね、と忍田さんは去って行く。
二階堂を営業に連れ出すなら常識的な時間で、釘を刺しつつ手にしていた資料を読みながら曲がり角を曲がった。

なじみのコーヒーの味が喉を通り過ぎて、思うことはただ一つだ。

「わかってるのに、自覚はなしか。」

この二人はどうなるのか、少し先が気になる。




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