(崇高なる言語。
 筆跡は、語った)

「ここらでは見かけないセーラー服だね」

 と、言うのは何の間違いでもなくて、ただ単にそのセーラー服が、この近くの制服ではない事だけが確かでありしかしながらその制服が何処のものかまでは把握しておらず一体何処の制服だろうと思ったのはつまるところ俺にしては珍しい単純明快でなんの裏表もない疑問で裏も表も無いのならそれはもはや存在しないのではないかなどと言う慈草が好みそうな言語解釈論は放置することとしてもとにかく俺の口から発せられたその言葉は疾しい心なんて何一つ無いような純粋無垢な質問だったんだけれどもしかしながら世の中の視線と言うのは俺の視線とはまったくもって異なるものであり俺が如何なる経路でこの疑問に至ったのかというプロセスを読み違えたうえで誤解に誤解を上塗りした解釈でごく自然に俺を糾弾する。

「やはり変態糞野郎だな、お前は」
「りり子! おかーさんだめって言ったじゃない、初対面の子にそういうこと言っちゃ!」

 両サイドから容赦なくツッコミの嵐がやってくる。右に慈草、左になこと。ふざけんな、りりじゃねえ。殺すぞ。
「相変わらず他には全く突っ込んでくれなくて僕は涙目です」
「別に変態は悪口じゃ」
「悪いが悪びれなく侮辱している」
 ……そうかなあ。

 目の前にはここらでは見かけないセーラー服に身を包んだ少女が、文字通り『きょとん』とした顔で座って此方を見つめていた。
 きょとん。文字で書かれたその一言が、俺の興味を引いた。マーカーの、少し丸みを帯びた文字。

「きみ、」

 そのツールはなんなの。それこそ、口をついてでた言葉だ。言葉にしようとも思わないくらいの。
 手を伸ばして、スケッチブックを指差した。きょとん。単語と表情できちんと表して、俺のなかにそれ以上になり得る単語も情報も入ってこなかった。純粋な、言葉。

「はいはいそこまで」

 困惑してるだろ、と、空間が喋った。ザムザさん。声を覚えているからこの間の存在と同じものであることは確かだ。
 透明人間、らしいけれども俺にはイマイチ意味が分からないので感覚としてはいまだに空間のままだった。透明な実在という矛盾ではない矛盾、俺の苦手な部類のもの。
 慈草はこれを(彼を、か)ノンフィクションに属する人間だと思っているようだったし、なことは友人というカテゴライズを行ったようだったけれど、俺は決して、慈草の様な無関心さもなことの様な異常な順応性も欲していないので、おそらくは望むままの意識の持ち方だろうと思案する。

(お詫びに、面白い奴つれてくるよ)
(おかしくないか)(いいね! 友達!)
(女と男がいるけど、どっちがいい?)
(女子に)(決まってるでしょ)

 百円詐欺事件と俺は名づけ同時に天藾なことにとっては透明人間の友達が出来た記念日であり、野棚慈草的にはカフカの『変身』第三回読了日でしかなかったあの日の最後、馬鹿みたいに缶けりをしたあとで、彼の言った言葉だった。

 透明人間にも可視の知り合いができるのならば、俺達にも透明人間の知り合いができるはずの様な気がする。閉じた世の中だ。
 世界的に見たら透明人間の知り合いがいる人間はもしかしたら少なくなくて、例えばお気楽な二重人格の知り合いや、恐ろしく他人の名前を憶えない腐れ縁や、俺以外何も信じないカノジョ(黒魔術派)が居ることだって珍しくないのかもしれない。

 紹介します、これがおれの知り合い。と言うわけだ。セーラー服が私服の女子を知り合いに持てるなんてなんて羨ましい生活をしているんだ。
 俺にはしがない高校生活しか残っていないんだぞ、不公平ではないか。不公平ではないが。俺には彼女がいる。居るのだけれども。



 缶けりは飽きたので(というか、とにかくザムザさんが無敵で次いでいうならセレスタ嬢と慈草に不利なので)他の遊びを考案すべく四苦八苦しているなこととそれに付き合わされているザムザさんとそれを総無視して読書に励む慈草を眺めている彼女を、俺は眺めていた。
 缶コーヒーを飲む俺の隣で、何をするでもなく微笑を浮かべながら座っている少女。少女、なんて、同い年くらいであろう俺たちの言うのは不思議な話だが。

「いいの、遊んでこなくて。なことと居た方が恐らく一般的にいって有意義な時間が過ごせるだろうと思うよ」

 なことは他人を楽しませようという気持ちの悪いサービス精神には富んでいるし、それがあいつ本人から仲良くなりたいと考えている相手ならば尚更。

 セレスタ嬢は隣でスケッチブック(先程の缶けりの名残で、ひとの名前が大きく書かれているページの端だった)に書きこむ。きゅきゅ、と、マーカーの擦れる小気味いい音がした。

『すこし休けい』
「ああ、『憩』は書きづらい? ……違うか。時間がかかるから。画数が多いしね、分かるよ。それだけでなく、全然憩う気持ちの見られない漢字ではないかとさえ俺は思う、これは俺の簡単な感想で君の思考ではないけれど」
『心が、』
「確かに。心と言う字の入っていることは、いこい、っぽい。かな。恋という漢字に心が入るのと同じようなものだと思うけれど」
『さいごまで、かかせて』

 俺の先読みを、彼女はやんわりと拒否した。スケッチブック越し、彼女が此方を真っ直ぐに見詰めている。水色の瞳が俺の事を映しこんでいた。
 カラーコンタクトレンズ。使いようによってはあまり目には良くないらしいのだけれど、彼女のこれはどうなのだろう。あくまで有機的である眼球の上に、無機質であろうとするコンタクトレンズをつけていることに、改めて興味を抱く。
 コンタクトレンズは、面白い。眼鏡よりもちょっとだけ眼球に近づいただけなのに、まるで体の一部であるような顔をして。

『めずらしい?』

 彼女は俺とぴったり合っていた目をちょっとだけスケッチブックにもどして、走り書くようにしてそれだけ伝えた。
 先よりも簡略化されたそれは、言葉だったけれど、口から出される音声よりも洗練されていた。鋭利な刃物の峰のように。

「え、ああ。コンタクト。それ自体は珍しくないけれど、改めて見ると不思議だなあと思って。カラーはあまり見かけないしね。じっと見過ぎたのならば謝ろうと思うけれど」

 まるで俺がどこまで先に読むのかを配慮したような簡略に、自然な流れで言葉が出た。『だいじょうぶです』と彼女は書いて、にこにこした。
 今度の文字は急がないで書かれていた。俺のペースをつかんでいたかのようだった。


 言葉を、久しぶりに咀嚼した気がした。言葉は食い物だと俺は思っている。不思議な味がした。

「君が何故このツールを使うことにしたのかについて言及するつもりはないけれど、興味深いよ」

 その表情や、筆運び。視線の揺れ。初めて受け取る言葉たちに俺は今まで使わなかったアンテナを使う。
 口から出るものではない言葉、なんてものは腐るほどあって、人は口からと言わず様々な場所から言葉や意思を乱射している。

 真っ向からそれら全てを受け止めるなんてこと、人には許容しきれないから音声に頼ることにしようと規定したに過ぎない。
 どころか、音声に頼っていると思っているのひとの思考だけで、人間はコミュニケーションにおける情報の大半をパラ言語的なものから得ているとさえ言われているのだ。

 誰もがマシンガンのように放つ言葉のすべてを聞き流す忍耐とやらを、俺はいつになったら手に入れられるのだろうか。



続く





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