(体温。それが生存を定義するか否かの問答、)

 温度を持つか否かということが生命活動に携わるか否かに繋がるのではないかと思考する。もっと詳しく狭義にするならば、体温。固有の温度。その高い低いに関係はない。魚の体温は低い。両生類と爬虫類は変温する。彼女は人にしては低体温。あのこはちょっぴり子供体温。
 生温い。熱い。発熱する。それらは全て、温度に起因する。心拍。血流。生きるということ。呼吸もその括りだろうか。駄目だ、あまり派生させると僕の頭では追い付かなくなってしまう。元々半分しか無いんだというのはいつもの言い訳さけれど。野棚さんのように回転が早ければ、里々のように言葉が明瞭であれば、少しは違ったのかな。

 そして、互いに温もりの存在を知覚し得るということがイコールでコミュニケーションなのだとしたら、僕はいこととコミュニケーションが出来ていないことになるのかも知れない。コミュニケーションとは何か。

(馬鹿馬鹿しい、俺達にはコミュニケーションの必要が無い)
(コミュニケーションはさ、互いの不均衡を安定させるツールだから)
(俺とお前は、いつも、均衡する)

 コミュニケーションというものは個体が二つ以上存在するもの、だそうだ。固体同士の持つ情報の差異も埋めるために記号を交換する行為。つまり、体温をもつものが、二つ。
 さて、だとしたら。だとしたら、彼とはコミュニケーションが取れるということになる。

 僕はぐるりと考えた。
 その何もない空間は、確かに温かかった。

「あ。あったかいね」

 手。手の形をした。空間。そこは空っぽではなくて、
 体温が、在った。




 さぁて。話は大分戻りましょう。

 僕は学校に行って、普段通り授業を受けて(無論主にいことが)、いことが今日はもうだるいから寝るとか言うから交代して、野棚さんに遊んでもらおうと思ったらいなくて、仕方ないから里々をからかいに行こうと黒魔術同好会を覗いたら、そこに変態糞野郎はいなかった。

「あれ、匂坂さんしかいないの?」
「留守番。……関係者以外立入禁止」
「里々の友達はイコール関係者でしょ」
「否、処分対象」
「相変わらずだねー」

 ぴしゃん! と、勢い良くドアを閉められてしまった。その手に抱えていた本が世界の呪術辞典だったことについてはノーコメントです。
 別に呪いとかこわくないし。多分かかるの僕じゃなくていことだし(良い迷惑だ)、まあね。

 しかし、野棚さんと里々が揃って居ないなんて、怪しい。しかもしっかり匂坂さんが残されている辺り(丁寧に「鵺。留守番頼むからそこにいてね」とかいうメモが貼ってあった。自分の言付けは必ず守ると知ってる糞野郎の行動だ)、益々怪しい。
 デートだったら取り敢えず里々を殺す。そんで多分匂坂さんが野棚さん殺す。あと僕も殺される。そっから多分匂坂さんは自殺する。あれ、誰ものこらないぞ。

「……あ、」

 メール、受信。携帯が小さく震える。フロム、一雨里々。(電話帳をりり子で登録しているのは極秘事項)かちかち、開くためのキーを操作。
 最近調子の悪い携帯氏は、少し時間をかけながらメールを開く。


from;りり子たん
件名:無題

慈草が新しい友達作ったんだけどそれがどうやら俺の理解を越えていてしかもコーヒー代とられて苛々するし取り敢えず慈草はお前の友達だろうなんとかしろ。


「何コレ」

 りり子たん、もとい一雨里々の錯乱である。文脈どこだし。コーヒーの下りもなんなの。頭悪いんじゃないの。野棚さんは君の腐れ縁幼なじみでしょ。ツッコミが追い付かないって。

 指は勝手に『今どこ』と打つ。結局野棚さんと里々は一緒に居たってことだしあーもーやだなーちょっと妬く。
 なんだよー、しかも野棚さんに友達ってなんだよー。もう、世界を広げないでよ、と、脳裏を掠めたから自分に更に苛々した。

 それ以上思考が回転するより前に、ぶー、と携帯が震えた。
 中断。フロム、野棚慈草。なぜ。

「……公園?」

 あの、寮の近くの、だろうな。公園、という一つ単語だけの返信。何故か野棚さんから。
 里々は返信も出来ないほどピンチなのだろうか。っていや野棚さんの友達の話なんじゃ。電波と運ばれる文字だけじゃなにも分からなかった。


 で。公園に向かったら人知を越える世界が広がって、
 ……いなかったわけです。

「だからこないだおれは野棚さんに対して10円分追加して買ってあげたんだから、おあいこだよ」
「あいこ、ってそれは等価で同等という意味であって俺は110円を入れていて君は勝手に横からボタンを押しその缶コーヒーを手に入れたじゃないか。100円分の差額が其処には存在する」
「……利子?」
「ぼったくりだ」

 とうとう里々の頭がおかしくなってしかも僕の頭もおかしくなって、我関せずの野棚さんの頭もきっとおかしくって、そういう話だって言われたら満足いく説明になると思う。みんなで一緒に黄色い救急車に乗ろう。

 里々は、空間に向けて対話していた。内容は激しく下らなかった。110円という単語ばかりが目立つ。
 その金額をけちるならいつも『彼女たち』に奉仕しているお金を節約したらいいと思う。昨日買った目玉は一体いくらだったの。
 僕に脳内陰口を言われているとも知らない里々は相手がどこにいるのか分からないまま口論している。らしい。
 時々からかわれるように「こっちだよ」と、相手が笑っていた。里々は壮絶に不機嫌そうだ。珍しい。面白いものを見せてもらった。

「野棚さん。その『変身』を閉じよう。そんで僕に説明しよう」

 里々のメールの様子だと元凶はこいつらしい。「我関せず」を決め込み、こないだの課題図書を読み返している。
 思い出すだけで笑っちゃうような、あの話。笑わせようとしているような整った笑いではなくて、笑う以外のツールを自分が持ち合わせていないからという理由での、いやな笑い。
 例えば、今。僕が壮絶に笑いだしてしまいたいのと、もしかしたら似ているのかもしれない。

 野棚さんは、変身をぱたんと閉じ、里々の向かいの空中を指差した。
 僕らの持つ(否、主に彼女の持つ情報、か)情報はやっと均衡しようと動き出す。

「あっちがこないだ知り合った透明人間」
「うん」
「110円しか持ち合わせなかった時に10円分をおごってもらった」
「ポタージュだね」
「ああ。それで、里々が余りにも信用しないので連れてきて同じ状況にしようと110円を入れた」
「里々の思考は妥当だね」
「だけどそのまま110円のコーヒーを買われた」
「透明人間さんに?」
「そう。あれは里々の金だったんだ」

 私は本屋に行く以外は財布を持ち歩かないから。以上、と言わんばかりに彼女は再び『変身』を開いた。
 栞を挟まないのにすぐに元のページを開けるのにはいつも感心する。
 ページの残りから言って、大体そろそろザムザの背中に林檎がめり込む頃だと思った。ちょっと背中がむず痒くなった気がして、後ろに手を伸ばす。

「うわ、」
「え?」

 背後。何かに触れた気がしたし、ただの風だったような気もする。
 例えばこれがただ単に図書室に迎う階段で起きた出来事なら、僕は迷わず階段を降りたと思う、気にも留めずに。

 振り向く、そこにはなにもないけど、手を迷わず伸ばす。

 向こうに疲弊しきった里々が缶コーヒーを飲んでいるのが見えた。論争には負けたらしい。
 ざまーみろいつも偉そうだからだとちょっと笑って、そして、手が、

「いやいや、危ないから」

 ぱし、と、捕まれた。何も見えないけど、確かに手首に感覚がある。
 対話距離圏内にいる野棚さんは総無視決め込んでくれてやがった。

「透明人間、さん」
「ザムザだよ」
「へーん、しん! やっぱ虫ですか?」
「まさか」

 人間だって、言ってるじゃん。しれっと、声が返ってくる。
 おかしい状況だという判断までは正しいのかもしれないけれどそれ以上に何か認識することがあるのかどうかも微妙なところだったりして、いまの状況じゃ何もかも常識超えちゃってるからねって言ってみたりしてさ。

 恐る恐る、だったのかもちょっと分からないくらい適当な手つきで、そっと手首を掴む何かに触れる。相手が僕の手首を離したので、両手で持って見る。まるで盲目のひとが初めて相手の手に触れたみたいな、ぎこちない手の使い方で。

「あ。あったかいね」

 体温が。あった。

「そう? 君のほうが高くない?」
「温度的には僕のが高いけど、そうじゃなくて」

 ひと。にんげん。形がある生き物。見えないけれど見えないだけ。固有の器があった。このひとは、いきたにんげんだ。
 ちり、と、心臓あたりに焼け付く感情が落ちたけれど、無視することにはもう馴れた。僕はそっと自分の掌と彼の掌(と思われるところ)をあわせる。

「どっちが大きい?」
「おれだよ」
「そっか。見えるの?」
「まあね、俺からは」
「身長は?」
「君よりも高い」

 耳が良いわけではないけれど、確かに少し上から聞こえている気がした。僕は手を下しながら、声のする方向に向かって笑ってみる。
 目が合わないでも笑うのは慣れていた。いことは僕と目を合わさないから。向かい合うことはない。その点で、僕はこの感覚に慣れていた。空間、いない誰かとの情報交換。

 僕らの持つ情報の不均衡。恐ろしい程の落差。
 見えるものと見えないものでは、生きているラインから違うと言ってもいい。レベルじゃなくて、ラベルが違う。不均衡の落差があればあるほど会話量は増える、そりゃそうだ。僕らは不安を殺したくて口を開く。

「君、じゃない。なことだよ。天藾なこと」

「テンライ?」「なことの方が良いな。区別がつかないから」ふうん、と、声は少し不思議そうにしながら「なこと、ね」「そうそう」、呼んだ。
 僕のことを天籟と呼ぶのは野棚慈草だけだなんて言う気持ち悪い話は置いておいて。

 単純な興味。それは野棚慈草の抱いたものに酷似するけれど、中身は真逆なのだった。
 彼女は彼の虚構性に、そして僕は、彼の実存性に興味を抱く。

「ザムザくん、きみは野棚さんの友達なのかな」
「どうだろうね、おれにはその分類がイマイチわからないから」

 ああ、少しその感覚は分かるかもしれない。友達でもない、家族でもない、恋人でもない、なのにどれでもあってどれよりも近いそれ。
 僕と野棚さんはね、でもね、友達で。里々と僕も友達で。つまり、

「じゃあ、カテゴライズしよう。君はね、僕たちの友達になるよ」

さあさあ、始めようよ、ね、ね、僕らの世界で。

(では、初めにレクリエーションをしましょう)
(種目はそうだな、缶けりなんてどうだろう)
(今はフィクションじゃなくて僕を見ててよ)
(ほら悟り屋。さっさとコーヒー飲んじゃって)
(で、缶貸せ)


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written by togi


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