ボクの両親は今時珍しい程過保護だ。確かに様々な危険が潜んでいる世の中、ボクの両親くらい厳しい方が良い人間が育つと世間では評価されているのかもしれない。実際、その評価が正しいのかは微妙なところだけど。
 そしてその過保護さはボクにとっては必ずしも得になることばかりではなくて、それどころか障害になることばかりで、正直気が滅入る。
 今回だってそう。同好会の皆が七夕祭りに行くと騒いでいたけど、ボクは行けない。塾の時間と重なってしまったからだ。ボクは両親に夏祭りに行きたいと要望すら出さなかった。出したって無駄だから。ボクはよくも悪くも両親を正しく理解していて、だからこそ逆らったりはしない。良いことなんか何一つないから。慎に関連することは我を通すけど、それだってどうしても譲れない事柄だけだ。
 ボクの我侭放題の性格は、普段から両親に抑圧されていることが原因なのだろうか。なんて、欠片も思ってないけど。
 ピンポン。
 家の呼び鈴が鳴った。ボクは塾から帰宅したばかりで、右足の靴を丁度地面に落としたときだった。振り返って扉を見つめる。針金入りのガラスの向こう側には、背格好の低い誰かが立っていた。
 夜遅くに一体誰だ?
 ボクはいぶかしみながらも、扉に声をかけた。普段なら居留守するところだけど、折角玄関先にいるのだ。対応してやってもいいだろう。
「どちらさま?」
「麻木です。倉之先輩はいらっしゃいますか?」
 慎の丁寧な挨拶が終わる前に、ボクは蹴破らんばかりの勢いで扉を開けた。
「慎! どうしたの?」
 訊きながら慎を見ると、慎は驚いたように目を白黒させていた。扉の勢いのせいかな。
「くーちゃん、お祭り行けなかったから、せめてお土産でもって」
 はい、と差し出されたものは、祭り特有の屋台で売っているお菓子だった。綿飴、林檎飴、バナナチョコ、からあげ、ベビーカステラ。全部ボクの大好物ばかりだ。
「うわあ、ありがと! こんなけ買ったら高かったでしょ?」
 少しだけ申し訳なく思って、慎を見ると、慎は笑って首を横に振った。
「皆で割り勘したから、そんなに高くないよ。それに、くーちゃんが喜んでくれるなら値段はあんまり関係ないかな」
 建前ではなく、本心から言っているとわかる綺麗な笑顔。ボクもつられて、思わず微笑んでしまった。そんなボクを見て、慎が、「あ、笑ってくれた」と悪戯っぽく呟く。ボクはムキになって、唇を噛んで緩む口元を引き締めた。
「でも、よくボクの好きな物だけ選べたね。ボクってこんなに詳しく好きな物話したことあったっけ」
 綿飴のビニール袋に描かれた黄色い鼠を眺めながら、何気なく訊く。すると、少しだけ驚いたように息を呑んだ音が聞こえた。
「全部好きな物なの?」
「……うん」
 確認するように問われ、ボクはゆっくりと頷いた。慎の目が丸く見張られる。ボク、何か変なこと言った?
「それ、俺と紫さんで選んだんだよ。俺は何買ったらいいかわからなくて、ほとんど紫さんが選んだんだ……」
「……は?」
 あの女が選んだ? ボクの好みを見越して?
「……うっそ」
「ほんとだよ」
 思わず零れた言葉に、慎の突っ込みが入る。
 ボクは混乱する脳内を必死に整理していた。まず、あの女に好みを見透かされていたことが気に入らない。あの女が慎と一緒にボクのお土産を選んだことが気に食わない。それに、最大の謎、どうしてボクの好みが分かった?
「……あの女、実はボクのストーカーとか?」
「違うと思うよ……」
 半ば呆れたような声音で否定されてしまった。
「紫さんは、すごく仲間思いだし、洞察力が高いから。普段からくーちゃんが食べてるものを思い出して考えたんじゃないかな」
 すごいよね。そう続けて、慎は幸せそうに目を細めた。本人がいなくてもときめきメモリあうつもりか。
 ボクはにっこり笑って言った。
「そうだね、今度ゆっくり、ゆっくり、話を聞かせてもらおうかな、あの女に」
 純粋な慎は、ボクの言葉を文字通り受け取って、
「くーちゃんもやっと紫さんと仲良くなる気になったんだね!」
 と、嬉しそうに言った。そんな考えは一ミリ足りともないけど絶対に慎には言わないでおこう。
 ボクは改めて腕の中に溢れかえっているお土産を眺めた。今にもお土産から楽しそうな喧騒が聞こえてきそうだ。慎(とオマケ)が一生懸命選んで買ってきてくれたと考えるだけで、らしくもなく笑いたくなってしまった。
「……ほんとに、ありがと」
 顔を上げて再度お礼を言うと、慎は柔らかく笑った。
「来年は一緒に行けるといいね」
「……そうだね、二人でね」
 邪魔者はなくして。
 ボクの心中など知りもせず、慎は帰っていった。
 残されたボクとお土産は、静かに耳を澄ませた。
 何処からか楽しげな笑い声が聞こえてきた気がした。




こちらの続きとして、頂きました。
ありがとうございました!
この二人と紫さんと、さらにほかの皆さんの行く先が気になって仕方ないです(真顔)
これからも楽しみにしています。




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