本当にこのメンバーはノリが良いと言うか何と言うか。
「駅の近くの商店街で七夕祭りやるらしいんだけど、皆で行こうぜ!」
 颯のその一言により、倉之先輩を抜いた同好会メンバー全員で、八月なんていう滅茶苦茶暑い中、七夕祭りに繰り出すこととなった。倉之先輩は塾があって行けないらしい。心底悔しそうな顔で、「ボクの慎にちょっかい出したら女でも許さないからね!」などと喚いていた。ちょっかい出せる勇気なんて皆無だろうから安心して下さい。
 けど、よくこんな暑い中出掛ける気になるなあ。夜になると涼しくなるなんて世迷言だと思えるくらい最近は熱帯夜が続いているというのに、全く元気なものだと少し呆れてしまった。俺の考え方が若者らしくないのかもしれないけど、元来人ごみは嫌いだし、人が大勢集まる場所では何かと絡まれるため極力避けたいというのが本音。けど、そんなこと言ったところで颯に通用するわけがない。それに、いつものメンバーなら何かトラブルが起きても上手く対処してくれるような気がした。自分らしくない考えに、俺も毒されたのかな、なんて。
 少しだけ思い出し笑いをしながら駅に着くと、既に紫以外のメンバーが揃っていた。紫が最後だなんて、珍しいこともあったものだ。
「めっずらし! 未依太が最後じゃないなんて」
 俺の姿を認めた途端、颯がわざとらしい表情で声をあげる。
「うっさい」
 余計な言葉をあしらいながら、ふと慎を見た。見るからにそわそわしている。俺はにやりと口許を吊り上げ、颯に目配せをした。俺の視線を受け取った颯も、にやりと悪い笑みを浮かべる。
 その時、丁度タイミング良く改札から紫が出てきた。
「遅れてすみません! 私服なんて久しぶりに着たので……」
 息を切らして此方に向かってくる紫は、当たり前だけど普段見慣れた制服を着ていなかった。フリルをあしらったTシャツとロングスカートというシンプルな出で立ちだけど、首元で光るネックレスや黒いリボンの付いたサンダルがアクセントになり、清潔感のある可愛さに仕上がっている。
「出かける直前に、お母さんからセンス皆無って怒られちゃって、恰好全部変えられちゃって手間取りました……」
 暑さのせいか、少し赤くなった顔で言う紫。何処となく何か言葉を待っているような雰囲気を見て、俺と颯はにやっと笑い、すすっと慎の両脇を固めた。
「ほらー、慎。何か言ってあげなってー」
「もしかして見とれちゃって言葉も出ない?」
 途端、慎は顔を真っ赤にさせて声を荒げる。
「なっ、も、二人ともからかわないで下さいよ!」
 俺と颯はますますにやにや笑いながら、慎の背中を突っつく。
「浴衣じゃなくて残念だったなー」
「でも普段見れない私服姿見れて良かったね」
「ほらほら、何か言ってあげないと可哀想だってー」
「それとも可愛くないって思った?」
「お、思うわけないよ!」
 思わずと言った風に慎が叫ぶと、今まで黙って事態を見ていた漣さんが腹を抱えて笑い出した。在斗はそんな漣さんをたしなめながらも、けど自分も笑いを堪え切れていない。紫だけが事態についていけず、きょとんとした顔で此方を見つめていた。慎は涙目でぐっと押し黙る。少しからかい過ぎたか、と反省していると、颯が少しだけ背中を押す手伝いをした。
「ふーん、慎が言わないなら俺が言っちゃおう。紫ちゃん、その恰好すっごく似、」
「か、可愛い、よ!」
 颯の言葉を遮るようにして慎が言う。紫は一瞬驚いたように目を見張り、次いで「ありがとう」と消え入りそうな声で言った。そして慎も紫も、頭から煙を立ち上らせながら俯いた。何この純情さ。今時ありえないくらい珍しい。
「あー、慎からかうのおもしれー」
 颯がけらけらと笑いながら言った。俺も大きく頷きながら、辺りを見回した。そろそろ人も増えたきたし、駅前で屯っていると通行人の迷惑にもなるだろう。
「とりあえず、移動しようか」
 俺の提案により、俺たちはぶらぶらと辺りを彷徨うこととなった。
 俺と颯はゲーム系の屋台に釣られまくり、漣さんは食べ物系の屋台に釣られまくり、慎と紫はときめきメモリ合いながら適当に何かを買っていたようだった。在斗はそんな皆を後ろから見守っている。完璧なるお母さんだ。
「シューティングゲームって案外難しいのなー」
 颯がぼやきながら、射的の屋台から出てきた。両手には五個の景品を抱えている。射的の弾数は五発。全て的にあてておきながら、どの口が物を言うのか。
「狙ってた景品に全然当たんねー。ゲーム機欲しかったなー」
「ゲーム機?」
 訊くと、アレ、と指差された先には、重そうな箱に入った携帯用ゲーム機があった。ゴム弾一発では倒れそうもない。
「あれは無理でしょ」
 客引きのために設置された釣り景品に決まっている。
「でも欲しいんだって」
 見事釣りに引っかかった颯は、もう一度チャレンジしようかしないかで悩んでいる。俺は止めといたら? と言おうとして、口を噤んだ。ふと考え付いたのだ。
「ねえ、二発同時じゃ倒れないかな?」
「どういうことだよ」
 訊き返す颯に、詳しく説明する。
 一発では重くて倒れなくても、二発だったら倒れるかもしれないと思ったのだ。同じ場所を連続で狙うというのも効果的かもしれない。
「どう?」
「やる価値はあるんじゃねー?」
 颯の目が怪しく煌く。俺はにっと笑って、金を払い銃を構えた。颯も俺の隣に銃を構え、目を眇める。
「外したらジュース奢れよ」
「そっちこそ」
 すうっと息を吐いて、吸って、俺と颯は同時に引き金を引いた。


「よっしゃ! 上手くいった!」
 颯は笑顔でゲーム機の箱を抱えている。人形やぬいぐるみと違い、ゲーム機は硬く衝撃を吸収しないから、1度ぐらつけば重さで倒れることが多い。
 俺は満面の笑みで歩く颯を眺めながら、
「ゲーム機は別にいらないけど、案出したし倒すの手伝ったんだから、何か奢ってよ」
 そう言うと、珍しく颯は二つ返事で了承した。普段だったら絶対に奢ってくれないのに。俺のおかげでゲーム機が取れたと感謝しているのか、それともゲーム機の値段に比べたら屋台の食べ物の方が雲泥の差で安いと踏んだのか、どちらにしろ俺にとっては好都合だ。
「じゃあ、イカ焼きとトウモロコシとチョコバナナと綿飴とラムネとりんご飴と唐揚げ奢って」
「多いぞ!」
「じゃあゲーム機半分に割る?」
「……くっそ、汚ねー……」
 恨めしげに睨みながら呟く颯。それでもしっかりと抱えたゲーム機は放さない。餓鬼みたいだ。俺は思わず笑ってしまった。
 気付けば辺りはすっかり暗くなり、人ごみでごった返していた。中には見知った顔もちらほらいる。学校の最寄駅だから当たり前だとは思うけど、あまり顔見知りを鉢合わせはしたくない。どうせ絡まれるに決まっているから。
 そう考えているのは颯も同じなのか、心なしか表情が険しい。
「……あー、くっそ、人多いなあ……」
 小さく呟かれた言葉に、少しだけ驚いてしまった。顔見知りに会うことではなく、人の多さを気にしているのは意外だった。
「人ごみ嫌い?」
「嫌いっつーか、あんま良い思い出がないだけなんだけどさ……」
 珍しく歯切れの悪い物言い。あまり深く訊いて欲しくないのか。
 俺はそれ以上の詮索を止め、漣さん達と合流することを考えた。射的に熱中していたらいつの間にかいなくなっていたのだ。
 一体何処に行ってしまったのかと適当にぶらつきながら辺りを見ていると。
「……ちょ、あれ、漣さんじゃねー?」
 颯の呆れたような声音に釣られて顔を上げる。颯の視線の先には、何故か阿波踊りの一般参加用の会場でのらくらと踊っている漣さんがいた。周りと微妙にテンポが合っていないような、むしろやる気がないのではと疑ってしまうくらいキレのない踊りだ。近くには苦笑を浮かべながら見守っている在斗がいた。何してんのあの人達。
「漣さん、」
 踊り狂っている団体を掻き分けながら漣さんに近づこうとした時。
「あれ、未依太じゃん」
 背後から聞き慣れた声が聞こえた。振り返ると、そこには矢張り見慣れた女が立っていた。相変わらずの派手な髪色に濃い化粧。凶器かと思うほど伸ばされた爪は蛍光ピンクのマニキュアとラメでぎらぎら輝いている。
「あたしが誘った時には断ったくせに来てるってどーゆーこと?」
 険しい表情で言う女は、間違えようもなく俺のクラスメートの手塚だ。友達ではあるのかもしれないけど、彼女ではない。少なくとも俺の中では。
「先約がこっちだったから」
 楽しい気分を壊された気がして不機嫌さ丸出しで言ったけど、手塚は眉をひそめながら堂々と言い切った。
「普通女の子に誘われたらこっち優先するでしょー?」
 そんなわけの分からないマイルールを持ち出されても困る。
「俺の勝手でしょ」
 暗に放っておけという意味で冷たく突き放すけど、手塚は意に介することなく近寄ってくる。
「折角いるなら、こっちに来ない? 亮太達もいるよ」
「あのさぁ、」
 隣見えないの? 目付いてる? 苛立ちながらそう言おうと口を開くと、隣で黙って立っていた颯はあっさり、
「行ってきたら?」
 と答えた。
 空気読めこの馬鹿! 内心罵ったけど、颯の了承を得た手塚は嬉々とした顔で俺の腕に自分のそれを絡めてくる。
「行こうよ!」
「ちょ、っと、」
「いいじゃん。連れの人だって良いって言ってんだからさあ」
「あ、のさあ、そういうの、」
 マジでうざい。そう言い終わる前に、ばしりと頭を叩かれた。唖然として隣を見ると、颯は真面目に焦ったような表情で、
「やっべ、漣さん見失った。おい、未依太も一緒に探せ」
 酷く緊張した場面に似合わない言葉を吐いた。俺は呆れてしまって何も言えない。
「……はあ?」
「うっせ、馬鹿にしたような声上げんな!」
 颯が喚きながら手塚の方に向き直る。その表情は何処か悪戯っぽかった。
「悪いけど未依太借りるわ。どうしても誘いたいなら後で連絡してやって?」
 にっと綺麗な笑顔を残して、俺の腕を掴む。次いで強い力で引っ張り、近くの銅像にくっ付いた。途端、一般参加用の会場から阿波踊りの団体が道いっぱいに流れ込んできた。相当な量の人数が一気に手塚の方へと押し寄せていく。手塚は流れに逆らえず、悔しそうな表情で遠くへ押し遣られていった。残された俺達は人数が減った頃を見計らって、一般参加用の会場へ逆走。
 人がいなくなりがらがらになった会場に着いた途端、俺達はふきだして大声で笑った。
「見た? 手塚のあの顔!」
「いやー、女の子には悪かったなー。でも仕方ないよなー、偶然阿波おどりが終わるなんてなー」
 わざとらしい言い訳を連ねる颯に、お主も悪よのう、なんて返していると。
「お前ら何してたんだい?」
 漣さんが俺達を発見したらしい。背後から呆れたように訊いてくるけど、それは漣さんに言われたくないかな。
 しばらく一箇所に固まっていると、慎と紫も戻ってきた。どうやら二人で歩き回っていたらしい。
「まるでデートみたいですねぇ未依太さん?」
「そうですねえ颯さん」
 俺と颯が茶化すと、慎は顔を真っ赤にしながら言い訳を連ねた。曰く、皆が何処かへ行ってしまったから必然的に二人になってしまっただとか、皆を探していただけだとか。皆を探していたなら、もっと慌てて俺達の方に近寄ってきても良かったんじゃない? 説得力皆無の言い訳もひとしきりからかっておいた。
 しばらく皆で談笑していると、やがて人がまばらになってきた。時計を見たら既に九時を回っている。
「俺達はともかく、紫ちゃんはまずいねぇ」
 漣さんの言葉により、一先ず解散することになった。夕方から遊んでこんな健全な時間に解散なんて今までの俺の人生ではなかったため、何だか時間の経過が早かった気がする。それとも、そう感じるくらい楽しかったのだろうか。
 皆で駅に向かっていると、ふと此方をじっと見詰めてくる視線を感じた。顔を上げれば、颯が得意げな顔で俺を見上げていた。
「俺頭良くね?」
 先程の手塚の件だろうか。
「……最初から言葉であしらってくれてたらもっと頭良かったかな」
「あーゆー手合いは言葉で言っても駄目。実力行使が一番だって」
 けらけらと笑う颯に、俺も釣られて笑ってしまった。結局手塚はどうなったのだろうか。携帯は自宅に着くまで開くつもりはないから、分からず仕舞いだ。分かりたくもないけど。
 二人でひとしきり笑うと、颯はにやっと嫌な笑みを浮かべて言った。
「これで射的の件はチャラな」
「……安くない?」
「全然安くねーだろ!」
 むしろ未依太に奢ってもらいたいくらいだしー! と言いながら唇を尖らせる颯を見て、俺は再度笑ってしまった。
 こんなに楽しかった遊びなんて、今までにあったかなあ。そう考えながら前方を見た。
 このメンバーだから楽しかったのかもしれない。らしくないことを考えて、ふと笑みが零れた。


一時的に此方のミスで文章が途中で切れる現象が起きていました。申し訳ありませんでした。
誕生日記念になにか、と言われて自重しないで「夏祭り!」と大騒ぎした迷惑な私に、優しく此方の作品を書いてくださいました。
ありがとうございました!今後もぜひよろしくお願いします。

素敵な続きも必見です。



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