:テンポと響
まあ別に思い出深いことはない。思い出というものに対する思い入れがそこまでない、ので。出来事を出来事として記憶する時に上手に何かを付加できないし、そこから何かを孵化させられない。
人の話を聞くのは苦痛ではないけど、だから仕事にもできるくらいだけど、誰もが多く過去あった話をすることをほんの少しうすら寒い気持ちでみている。元カレの話、むかついた上司、死んだ猫。泣いたり笑ったり怒ったりする、何回も感情を飲み込み直すその行為を俺はどうしても飲み込めない。
「自分の生活をかぞえなおすことなんじゃないの」
「そうかもしれないけどさ。ダサくて嫌い」
「テンポは意外とそう。そうだよね」
「そうってなんだよ。わっかんねーわ」
例えば過去にあった他人との出来事を話す目の前の他人は、いつか俺のことを思い出話の一部にするだろうこと。ぞっとしない。
(昔話って、だっせーじゃん? クソダサじゃん? だっからオレはぁ! 明日と明後日の話を! します!)
煙草の匂いと音楽のこと。それくらいしか未来にないくせに、過去に会った他人のことを、思い返しながら思い出を軽蔑するこの矛盾と自傷。
「思い返せばいつだって、」
煙草の匂いと音楽のことを考えていた。なんて、口が裂けても言いやしないから、お前も思い出話なんて。
「なんて、クソみてえなこと一生言わない、」
「じゃあ、俺はあしたのはなしをするよ」