指先を追う。ある時から付いた癖。そうなのだろうと思ったら一度。追ってしまう。してる、してない、してる、してる、してない「智瀬?」、してる。
 爪の先を綺麗に手入れしている男しか知らなかった。父がどうだったかは覚えていないが、母が連れる男は皆爪の先まで綺麗にしている、母には不釣り合いなほどに美しい男ばかりだった。爪を伸ばさないのは傷をつけないためだ。例えばそう、セックスの時に。

「酒井。指先はどうしたの」
「ささくれ。血が出たから」
 絆創膏がされていた。綺麗な肌をしている筈の彼の手は冬になると多少かさついた。綺麗に切られた爪。目が行く。爪を汚いままにしている男は総じて情事と遠いだろうが、爪が綺麗な男がみな行為と近いわけでない。それは分かっている。彼はしかし、母の連れる男と同じように爪を綺麗にするのだろう。爪の先に劣情が残らないように。
 ハンドクリームを寄越してやると、「女子」とだけ言われた。私の手も、冬になると荒れる。あまりかさつくと鍵盤が滑ることがあるのだ。それだけ。母のものとは違う、変わった匂いのしない濃いブルーのパッケージの、どこにでもあるそれ。

「冬の智瀬の匂いだ」
「そう」
「昔からこれ使ってるもんね」

 幼いころから。使っている物はあまり変えていない。それは面倒であるからかもしれないし、対して執着がないからかもしれないし、またその逆かもしれない。明文化された理由なんて私の中には無かったけれど、変わったのはイチゴ味の歯磨き粉くらいのものだ。
「守っているの?」
「何を」
「純情」
 酒井の指先になじんで消えていく白。私の中にどれほど染み込んだ白だっただろう。守っているのかも知れなかった。純情ではなく、ゆがんでいびつな私のひび割れを。馴染ませて。やわらかに守っているのも知れなかった。

「僕も同じのを使ってるよ、小さい時から」

 この匂いは、冬の渚の匂いだ。幼いころから変わらない。あたしと君は、真っ青なこの缶の中に一体いくつの純情と劣情を溶かしては塗りこめたの。






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