お兄ちゃん、と、呼ばれることがなんだかおかしなことの様な気がする。僕の知らないひとを呼んでいるような気がする。
手を引かれた。きらきらした笑い方で、僕の妹はそこに居た。
澪は誰のこともお兄ちゃんと呼ぶから気にならないけれど、汐が僕のことを「兄」と呼ぶのを、本当にいつぶりだかわからないくらいに久しぶりに聞いた。
彼女、汐には僕を含めて兄が三人いる。一番年の近い湊、中学生でとても面倒見のいい海、そして一番上の、渚。僕のことだ。
汐は僕のことを渚くんと呼ぶ。海のことはお兄ちゃんと呼ぶのに、最近の女の子の思考回路はよく分からない。
その彼女が、僕のことを「お兄ちゃん」と呼んだ。もしかしたら学校でなんだかんだと言われたのかもしれない。適当にめぐらせる思考を知ってか知らずか、汐は僕の顔を伺うように覗き込んできた。
「お兄ちゃんって、呼ばれるの、嫌?」
「嫌ってわけじゃないよ」
「今日だけにするから、良いでしょ」
「別に、嫌だなんて言ってないったら」
渚くんと一緒に居るとね、分からないから。汐は似合わない神妙そうな顔で言う。
「あたしと、キョーダイなんだって、まわりのひとはわかんないかもしれないじゃん」
おにいちゃん(この場合はおそらく海を指す)だったらあたしになんか甲斐甲斐しく世話? みたいなのやいて、みるからにお兄ちゃんですってしてくれるのに、渚くんはそういうの、ないじゃない。
「僕はそういうタイプじゃないからね」
「言い訳はききたくないもん」
「どこでそういう言い回し覚えるんだよ」
あのね、だからね、あたしが渚くんのことお兄ちゃんにしてやろうとおもったの。
「ほら、おにいちゃん、いくよー」
「似合わないね」
「にあってないのはあたしじゃなくて、おにいちゃんだよ」
つないだ右手を、また力強く引っ張られる。海のおつかい。
僕はなんだか兄弟なんてどっちが先に死にやすいかっていう時間軸のはなしだって思ってて、だから結構自分的には立派に兄をしているつもりだったのだけど、どうやらまだ足りないらしい。というか、完璧に落第なようだ。
兄弟、という縁なんて僕は大嫌いなんだって、きっと汐は気付いてるけど、それでも押し付けるように僕の位置を与えてくれる。これは確かに妹だと思った。
即興小説/15分
お題「間違った兄」