母と言うものをきちんと知らない。と、言うとなんだか不幸なように聞こえるけれど、俺に母親がいないわけではなかった。
 ただ、時々テレビのドラマとかバラエティで出てくる一般的なお母さんと言うものとはきっと少し違う、あなたしか知らない。

 いつでもどこかに恋人がいて、誰かに笑って居て、俺の母親はそういうひとだった。そしていまもそういう人だ。いつまでも女の子の顔を忘れられないでいるようなそういうひと。俺が起こしてやらなくちゃ朝も満足に起きられない、だめなおんなだった。

「母さん。起きろって」
「……あと五分って言ったじゃない」
「五分前にな」
「あと、さんぷん」
「トースト、チーズ固くなっちゃうけど良いならどーぞ、ご勝手に」

 それはいや、だとか、祥太何とかしなさいよ、だとか。彼女は無茶苦茶なことを言いながらそうしてまた布団にもぐりこんだ。こうなったら本当にあと三分は起きないし、きっとあと三十分は朝食の席に着くことも無い。

 今焼いたトーストは俺が食うことにして、母さんにはまたあとで焼いてやろう。別に昨日は仕事だったわけでも無いこの人を甘やかすことに何の有意義さも存在しないことは分かっているけど、それでも、良かった。

「何があったんだよ」
「なんにもないわよ」
「うそつけ」
「何にもないから、お酒飲んじゃったんじゃない」
「はは、それ俺に言う?」

 なんにもないように、してる俺に、言っちゃう? 貴方が何処かに行くことは俺にとって多少嫌なことで、俺の人生にとって嫌なことは少ない方が良いと思う。
 貴方がどこかに行くことを、心のどこも良いと思っていない。恋人がころころ変わる貴方を、一番近くでずっと見ている権利という、それだけだと思う。それを行使することで、貴方の人生には何にも、起きなくなるから。

「あんたの好きなスープ、入れとくよ」
「ふふ、ありがと。あと十分したらいくわ」

 布団の中、顔の見えないあんたが俺をどう思っているのか、知らないわけじゃない。俺が正しいと思えたことも、あんまし、無い。それでも母さんが此処に居続けてくれることは、もしかしたら、世界で親子と呼ばれているそれと同じことなのかもしれなかった。




即興小説/15分
お題「真実の母性」







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