(翔保と琉夜)
いやなことは、ぜんぶわすれちゃおうよ。
あたしが言ったら、りゅーちゃんは一瞬きょとんとした顔をした。唐突だったからかも知れない。そのちょっとだけ目を見開いて口をきゅっと口を引き締める顔が好き。すぐに、眉間にシワ寄せた機嫌悪い顔になっちゃうけど。
「どうした?」
「なーんも! でも、りゅーちゃん眉間のシワ、ヤバイしぃ」
「っ、てめーな!」
りゅーちゃんが難しそうな顔をしてる時、それって大体良いこと考えてなんかない。それくらいはね、あたしにだってわかるの。
あたしは、ごちゃごちゃしたこと考えるのは大嫌いだから全部まとめて花火にしちゃえばいいと思う。いいじゃない、やなこと全部投げちゃおう。
そうは行かねえんだよ、大人だろうってりゅーちゃんは言うけど、いつからキミはそんなオトナノジジョーってのに首突っ込んだの?
(ハタチを過ぎたらオトナらしいの。あたしはもう、オトナなわけだ)
(何もかもまるめて絵の具で塗ったくってオモチャにするのは、許されないのよ)
小さい頃のりゅーちゃんは、もっといっぱい笑った。言葉は今と同じで少なかったけど、笑って、何か言っては楽しそうに、意味なんかなくても良いから楽しいように、していた。
「だから、花火しよ」
「だからが分からねえ。大体もう秋だろ」
「違ーう! 今だから、あたしはりゅーちゃんと花火がしたい」
それにほら、今なら安売りしてたし! したらりゅーちゃんだって文句ないでしょう? そーゆー問題じゃ、と、言い掛けるりゅーちゃんの目の前に、あたしはカラフルなパッケージを突き出す。
「て、ゆーか、もう買っちゃったんだなー」
「くっそ、お前!」
りゅーちゃんは結局、あたしに甘い。8月末に入ったお給料を使ってがっつり買い込んだ花火をお披露目したら、深くため息をついてから、何やら電話をかけだす。(りゅーちゃんは、メールが嫌いだ)多分、こくりんとかだ。今晩花火、とか、ぶっきらぼうな言葉が聞こえる。
(ああ、でも)
「ちっちゃい時もよくやったよね、花火」
「今でも毎年やってるだろうが」
呆れた風に振る舞うその影に、あたしのよぅく知った笑いが今もある。
(あたしたちに、もう、オモチャ箱を引っ繰り返す権利が無いなら)
BGM:トゥイー・ボックスの人形劇場(sasakure.UK)