(愛と黒梨)
「汚い」
自らしたことだったが、正直に汚いと思った。目の前にはどぎつい色をしていた何処かの国のアイスクリームの、成れの果て。
カップに入ったそれは、幾つかの色のマーブル模様が完全に溶た所為で濁って灰色っぽい色になっていた。
「何やってんだか」
その汚い色に少し手を入れたような灰色の髪をした男が、濃いグレーの目を少し細めて溜息を吐く。捨てんなよ、食えよ。目線はそう語っていた。
「不思議な話ですね、これで、味は変わらないと言うのですから」
たぷん、付いてきた使い捨てのスプーンを灰色に埋める。とろみのある液体は難なく透明のプラスチックを飲み込んだ。
汚い。人間みたいだと思いませんか。私は言ってから、黒梨の顔を伺う。
訝しむような嫌そうな、いつもの顔を想像、していた。
「嗚呼、そうかもな」
興味の全く無さそうな、冷えた目。底知れない酷い人の顔。私は少しだけ、呼吸を止める。こいつと同じ空気を吸っているということに対する嫌悪の為に。
人間。その言葉に、私も黒梨もまず、“自分”を浮かべた。おこがましい。そして、その汚さに頷いた。なんて苛立たしい。
自分を可哀想だなどと思ったことは微塵も無いが、自分を最低だと思ったことは有った。最近は、それすら無くなった。モラルの低下かもしれない。
爛れた街中を歩き回る時間が減って、代わりに狭い狭い世界の内側と、其処に住む頭の悪い男にばかり捉われているから、自分が見えていないだけ。結局、私はどろどろで着色料だらけのアイスクリーム。
「黒梨は、少し、私に似ていますね」
「褒めてんのか?」
「いえ、貶めています」
きぱりと答えたら、苦笑された。大概、お前も自分嫌いだよな。言いながら、黒梨は私の前からアイスクリームのカップを取り上げる。
「似てる、か」
おもむろにカップに口を付け、その粘度のある液体を飲む。瞬く間に、その眉間には深く皺が刻まれた。
「……ゲロ甘」
「でしょうとも」
慎は溶かした所で何色にもならないバニラ。私は汚く飾ったカラフル。ロリポップは舐めても身体に残らない。だとしたら、黒梨は溶け切ったマーブルだ、と、失礼など今更であるから、思った。
彼が一口だけ飲んだその甘ったるい液体、灰色。どろりと、私は飲み干した。他人の不幸のような、嫌らしい蜜の味。
BGM:腐れ外道とチョコレゐト(ピノキオP)