(里々と鵺)
沢山の“言葉以上”が分かるから、なんだっていうんだよ。そんなもので、俺の一体何が強くなるって? 結局こんなもの、他人の顔色を伺うのが上手いというだけのことじゃないか。
ただ少しだけ、他人よりも誰かの感情を察知するに長けただけだ。何が、何が偉いんだ、何が、違うと言うのか。俺は酷く嫌な気分で、どろどろとした言葉を吐き出す。
鵺は、硝子玉のような瞳を此方に向けて、そのまま揺らがない。真っ黒な髪を綺麗に二つに結ったシルエットが、黒々と浮かぶ。その透明過ぎる目は、俺の嫌な才能の効かない所に存在する、から。
「会長、」
鵺が一歩此方に近づいて、部屋の端に踞った俺を覗き込むようにして、隣に腰を屈め膝を折る。真っ黒の硝子が、底の知れないくらいに深い深い優しさと一緒に目の前で俺に語る。
「俺は、俺はただの人間で、まだ子供でいたいようなばかで、誰かの望むような他人で在れる筈が、ないよ」
盛大なため息でも吐きたかった。その瞳を前にすると、すぐ、こうだ。ぱらぱらと周りに纏っていた防壁が剥離する。
騙し騙しひた隠してきた感情が、あんなに言葉に出来なかった気持ちが、するすると引き出されて形にされてしまって。たくさん吐いた嘘を、解かれた。
「俺は、所詮偽善者でしか、ないんだよ」
鵺が、笑う。「大丈夫、」誰にも見せない、ほんのりと緩んだ表情。嗚呼、駄目だ、勝てやしない。
「素敵」
大丈夫、貴方は素敵。足り無すぎる単語と単語の隙間を埋めるように、鵺の仕草は、言う。殆ど動かさない顔の筋肉や身体を不器用に使って、精一杯、目一杯。
「綺麗」
「嘘だよ」
「卑下」
「違う、真実だ」
「偏屈」
「だとしても変われないんだよ、俺は、」
ずっとこうして生きてこのまま生きるしか、出来そうもない。
鵺が、少し迷ったように目を逸らす。それは決して返す言葉がなくなったのではなく、ただ、俺に真っ直ぐ届く単語を探しての、間。
馬鹿だなぁ、その隙間が、何より俺には語るのに。
(会長、会長は、そのままで居て、良いの)
(それが私の世界では、一番に素敵でかっこよくて、だから、大好きよ)
「……ありがと、う」
「先読、拒否!」
「先、じゃないよ、鵺の脳内はそれ以前に言葉を作ったし、俺はそれを受けて笑っていたいと改めて感じさせられたという、それだけの話じゃないか」
「会長最低! 犯罪!」
鵺の口からは罵詈雑言の方が明らかにぽんぽんと飛び出す。嗚呼、ダメだな。こんなにも、この人は愛しい。それにだけは、嘘がなくて、それにだけ、俺は救われていた。
BGM:リリィ(BUMP OF CHICKEN)