(祥太と唯子)
「天の川って、見たことないんだよね」
暫く、前。唯子がぽつんと言ったのを思い出した。そりゃそうだ、こんな街中じゃ見えないよ。俺は多分そんなような、夢も希望もない言葉を返したんだ。きっと。
(例えば俺が渚で、唯子が井原だったら)
(ずっと、違う遠い未来の約束になれたのかな)
(じゃあいつか見に行こうか、なんて?)
「……多々、良?」
「唯子、いま、暇だろ」
ずっと遠い未来なんか見えない俺に、出来ることは今この瞬間の行動だけだった。そんだけっちゃ、そんだけの、下らない話。
「唯子って呼ぶなし。あと、あんたに構うほど暇じゃないわ」
「じゃあ、暇なんだ」
「なに、それ」
家、前、いるから。そういって電話を切った。通話時間、30秒。頭の悪さが露呈した気がしたけど、唯子……ええと、砂川なら、許してくれそうだ。
「頭悪い幼なじみが居ると思われたくないんだけど、あたし」
かたん、と、門の開く音。一緒に悪態。久しぶりに私服を見たな、そう考えながら目を合わす。相変わらず俺にばっかり厳しいやつだなんて、ちょっぴり苦笑。
「で、何?」
「……天の川は見えないけど、大三角ならって」
一瞬、言葉の意味を飲み込むまでに時間が掛かるのか、不思議そうに首をかしげて、それから理解したのかぱちんと表情が変わる。
ばかじゃないの、とか、きっと悪口雑言が飛び出すのだろうなって、身構えた。
「……悪く、ないんじゃないの」
多々良にしちゃ、ロマンじゃん。少しかぶって、偉そうに笑う。大人になりたがるみたいな、昔から変わらない似合わない笑い方。
「まじ?」
「何よその反応」
予想外、だった。てっきり馬鹿決定だと思っていたし、そんなに嬉しそうに「嬉しいなんて言ってないし」「唯子冷た!」「祥太の馬鹿に付き合う時点で、死ぬほど優しいと思うんだけど?」唯子、祥太、って。自然過ぎて、痛い。
それに気付いているのか、唯子はさっきと違うちょっと淋しそうな笑い方をする。俺はそれに、気付かなかったことに、する。
「行こーぜ、1丁目の公園ならよく見える」
「あたしが見たかったの天の川だけどね」
「今日は勘弁しろって」
(じゃあ、いつか、遠い未来に見に行こう)
(浮かんだ言葉を言えなかったのは、いつか、思い出になるのかな)
BGM:君の知らない物語
(supercell)