(黒梨と時姫)
(……そんなもの、あったかしら)
(あったよ、結構)
昔はデパートの屋上とかになんかしょっぱい遊園地みたいなのあったよなって、言ったら時姫は首を傾げた。
あったよ、小さい時には。今じゃ、近くのデパートの屋上プラネタリウムなんかも潰れてしまったけれど。着々と、世の中は違ってく。
(そういった所に連れる人ではなかった、から)
時姫は、少し考えてから、悲しそうにぽつんと言った。こうした話の時にだけ様々に足りない言葉しか使えないのは、こいつの悪い所だ。
(しゃーねーな。じゃあ、今から行くか)
(はぁ?)
──、──。
「なかった、じゃない」
「悪かったってば」
駄目だった。どこもかしこも潰れてやがって。別に、遊園地を見たかったわけじゃなくて、ただ、時姫にあんな顔させたくなかっただけなのに。
すっかり日暮れで、今日の夕飯はインスタント決定だなあと思った。オレンジっぽい街灯と夕焼けが、人通りの少ない道を照らす。
「最初から期待はしてないわ」
「そんなつもりじゃなかったんだよ、」
慰めなのか皮肉なのか分からない言葉を、淡々と吐く彼女は、それでも少し残念そうで。だから、そんな顔をさせたいわけじゃ、
「あ、公園」
ふ、と、時姫が横道を眺めて言った。小さな公園、アパートの前にあるのよりもちゃちで、砂場と動物の置物と、タイヤの跳び箱と、ただ、唯一コーヒーカップがあるのが目立つ公園。
「……綺麗、」
夕焼けが最後の強い光で、錆びてペンキの剥げた遊具や何かを照らし出す。それから、その、横顔を。
ほんの少しだけ、目を細める。眩しさなのか、不器用に微笑んだのか分からない程度の微妙な差異。
何か、言葉を出して良いものかと少し悩むけど、そんなもの一瞬で。
「ねえ、」
くるりと振り向いた彼女は、あの何とも言えない寂れた世界に溶け込んでいた雰囲気をどこかにやってしまったように、ずっと器用に広角を上げる。
「明日の夕飯はハンバーグよね?」
「あー、はいはい仰せのままに」
こうして夕焼けの中で本当に笑って、何処か不器用な器用さで、生き続くのかな。
BGM:遊園市街(ハチ)