(慎と愛)
「愛は写真とか、嫌いですよね」
「貴方も嫌いでしょう」
何気なく本棚を整理したら、そう言えば僕の棚にはたった一冊だってアルバムと名前の付くものが無いことに気が付いた。それだけ。
そしてよくよく考えてみたら、それだけでなく彼女と一緒に写真の一枚さえ撮ったことが無いということに気が付いたのだ。
「時姫の写真嫌いは知ってましたけど、愛も嫌いなんですね」
直接的に質問に答えてはくれなかったが、恐らくは肯定だったと捉えて話を続ける。ソファーにもたれて、マグカップに注いだお茶を啜る彼女を、切り取って残してこなかったことを少しだけ惜しく思いながら。
「そんなものを残してどうしようというのです」
ひやりと、言われた。「どう、って」黒い目の真ん中が僕を突き刺す。下らないと言いたいよりは、恐らく、憎むようなもっと強い色。
「残すような、ものでないでしょう」
ばっさりと彼女は切って捨ててくれた。酷い女だ。残っていないということがどのようなことか、彼女は知らない。
「居なくならない保障が世界にあるなら」
愛は、嘘つきだ。たくさんの嘘を寄せ集めた優しさで甘やかすから、怖い。愛の言う“居なくならない”も“絶対”も“ずうっと”も、怖い。
「ばかですね、貴方」
「そう、ですか?」
「ええ、慎は馬鹿です」
──そんな保障は、貴方にだってないじゃないですか。
そう言ってから、愛は一瞬だけ後悔したような顔を見せた。たまに、見せる、本当の言葉を言ってしまった後悔を、滲ませた表情。
ああ、そんな顔をしないで。大丈夫なのに、たくさん、本当を言えばいい。
「おんなじ、ですか?」
僕がやっとで言葉を絞りだしたときには、彼女の機嫌は大変身勝手に悪くなってしまっていて、僕は少し苦笑いする。それから、ひっぱたかれそうなのを承知で、少し近付いて、傷だらけの僕の腕で、彼女をそっと抱き締めてみる。
(案の定2秒も許されなかったけれど、)
(だけれど、一瞬彼女の見せた安堵を僕は決して見逃せない)
BGM:ギブス(椎名林檎)