天藾バースデー
「ちょっと何か一言くらいないんでしょうか里々さん」
「いや、君にとって戸籍上の誕生日の話というのは二重人格の裏側という不安定かつ曖昧な存在においての肉体及び主人格に付随した日付であるなど様々なことを加味した上で申し上げるとセンシティブな問題を多分に孕むため触れづらい」
「本人にすべて言ってる時点で二ミリのセンシティブも存在してないことに気が付いてほしいところですね」
「正直忘れていた」
「じゃあ言って貰っていいですかね」
「……おめでとう」
特に何の用意もないよ、と言った里々は適当に鞄の中からのど飴を二つ出した。「おめでとう」ともう一回言われたので「ありがとう」と返す。僕は薄荷が嫌いなんだけどいことは食べられる。僕らの味覚の中で一番、もしかしたら唯一の違い。
*
「なんだこれ」
「あら天藾さん。お判りにならなくて?」
「……飴だ」
「そうではなくて」
「いや、飴だろ」
「お誕生日だとお聴きしましたので」
「そいつはどうも、言いふらしてるのはなことだな?」
「あらあら、わたくしは一雨さんからききましてよ」
「厄介かよ」
あらかじめ知ってましたらもう少しましなものをご用意いたしましたのに、と、手の中に転がされたのはいちごみるくの三角の飴。「おめでとうございます」と念を押すように言われた。俺はいちごみるくは嫌いなんだけどなことは好きだったはずだ。俺たちの味覚の中でも珍しい違い。
*
「週末。出かけることになった」
「へー」
「誕生日だから」
「お前らの誕生日は今日だろ」
「なんか学校じゃなくて。どっか行くらしい」
「いってら」
「夕飯なに」
「ぶり大根とミルフィーユ」
「並べて言わない方がおいしそうじゃね」
「文句言うと並べて出すぞ」
台所から気だるそうな黒梨の言葉がぽつぽつと飛んでくる。今日に予定されているどっちもが俺の/僕の好きな食べ物だ。僕ら、俺ら、は同じ舌を使っている。同じ脳みそでもってものを食っている。キャベツが嫌いでぶり大根が好きで、ついでにケーキはミルフィーユが好きだ。僕たちは。俺たちは。同じたった一つの身体で持ってたぶん二つ分のケーキが出てくることを知っている。
「「あ、そうだ」」
どっちが出した声が外に出ていたのかは知らない。どっちでもいい。僕は右ポケットに、俺は左ポケットに入れてある相手への誕生日プレゼントを思った。一つの身体にはもてあますほどの二つを持ってして、今年も10月20日は訪れ去っていく。
2016.10.20