「あたしと! 心中しよう、柳ちゃん」
「……は?」

 何言ってるんだお前。突拍子もない朋の言葉に半笑いで返すと、「心中、知らない?」そうじゃねえよ。何を今更そんなあどけない少女のような顔で言うのか。ばかばかしい。

 店を閉めたのち、朋は決まって今日の帳簿を合わせる。私は同じ時間に明日の予定や店の仕入れの確認をする。受付の裏にある狭い控え室は、こんな時間、朋と私しか使わない。
 帳簿に鉛筆を走らせていく様は、彼女がこの箱庭での金銭を切り盛りしていることを表している。ずっと幼かった、私だけを頼った彼女はもう居ない。

「ね、しようよー」
「しねえだろ」
「えー! 何で−? つれないな−!」

 ひどーいひどーい、と、彼女は続ける。酷くはないだろ。着物の目録を確認していた目を上げる、丁度朋もぱちんと指先でそろばんを鳴らして顔を上げた瞬間だった。視線がかち合う。

「御國の方じゃあ流行ってるんだよ、心中約束」

 心中約束。心中しよう、と、約束すること。片方が死んだら必ず後を追うことを誓うこと。つまりは転じてお前を未亡人にはしないよという意味を込めるというのも、まあ、分からないではないのだが。物騒なもんが流行ったもんだ。

「ご時世でしょ、ご時世」
「そんなもんか」
「いつか死ぬのなら一緒に本当は死にたいでしょ、いつ死ぬのかも分からないしさ」
「いつ死ぬのかわからないのなんか、何処の誰でも同じだろうに」

 そりゃあね、そうだけど。彼女は雑にくくった髪の後れ毛を指先でもてあそぶ。一部の計算が合わないのか、何度か頁を捲っては眉を寄せていたのだが、ようやっと一段落ついたのだろう。分厚い帳簿をゆっくりと閉じた。
 
「目の前で他人が燃えて死んでもごらんよ、心中ぐらいしたくなるわよ」

 まあ、わからないけど。あたしまだ目の前で人が燃えて死んだことはないから。彼女は悪い笑みを浮かべて言った。ぞっとする笑みだ。これでいて彼女は遊びの君ではない。
 地獄を眺めていた目。私よりも紅い目が本当は似合うだろう。首をくくった女のことを見上げてお前、なんて言ったか覚えているか。

 朋がそろばんと筆記具をしまい始めた。今日の本当の店じまい。合わせるように私も目録を閉じ、重ね置いていた数枚の書類を束ねた。明日は朝に予定がないから少し遅く起きられるだろう。とか、そんな思考の隙間に、心中しよ、という気まぐれの言葉が反芻される。

「……私はそれよりか、この間話したあれの方が好ましいな」
「あー、えーっと。あれ。婚姻だっけ。ふーん」
「そう。だっけって、お前自分から話したくせに」
「だって、心中約束の数倍夢見じゃあない? 柳ちゃんはああいうの好きよねえ」

 この街には婚姻という制度はない。誰もそれを必要としていないからだ。誰かとともに生きる者が居ないわけでは無い。しかし、この街にはその関係を名付けない方が都合のいいことが多すぎるのだ。
 勿論、貰われて國へ行く者たちの中にはその買い手と婚姻関係となる者もあるし、この街へ流れてくる者の中には國に婚姻を結んだ相手のいることも多い。しかし、この街の中に婚姻はない。この街を出ないことには、誰かと生涯をともにしようという約束を交わすことは許されない。

 朋は婚姻への興味は薄いらしくあからさまに適当な返事をして、帳簿を抱え立ち上がった。部屋を出てすぐの棚にしまうのだ。灯りを落とそうと私も立つ。座っているときよりも明らかに低い位置にある彼女の頭を見下ろす。この視線の関係は変わらない。彼女はもう幼くはないが、私にとっては小さいままだ。

「大体。柳ちゃん誰と婚姻なんか結びたいのよ」
「そりゃ、お前。お前だろ」

 うげ、そういうのさあ! 帳簿で両手がふさがった朋は、頭で私の肩を小突いた。痛い、と文句を言うと帳簿の角じゃなかっただけ感謝して! と、再度頭突きをされた。そういうところが狂うのよ柳ちゃん。バカねえ。




20180111


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