生の花も知らない。街で花と言えば遊君か、祭りの花面か造りの花。どれにせよ生でない。街に生まれてその景色しかしらない俺たちだ。
 翠の店の奥の部屋でたまの休みと良いことに本を読んでいた時だった。すぱん、と、引き戸を勢いよく開けて飛び込んできた麗は「花火ってお前、知ってる?」と、子供のような飛び散る火花のような声で言った。

「空に花がさ、咲くんだって! お客さんの爺さんが作ってたって、花って、いや、俺は花もちゃんとは知らないけどさあ、すげえ綺麗なんだろうな。花火、って」

 麗は着物こそ着替えてきたらしく簡素だったが、髪には造花の飾りが刺さったままだった。俺たちは、造りの花ばかり見てきた。
 花の火って書いて、だとか、沢山の色があって、だとか。麗は客の男から聞いた言葉を自分なりに砕きながら話した。先まで抱かれていただろうが、こいつのなかでその客は完全に花火に食われたようだ。

「花火、ねえ」
「丸い玉に綺麗な色の光を詰めるんだって、開いた花は途方もなく大きいんだって、さ、見てみたいよな」
 俺の適当な相槌を気にもとめず、麗は空想に瞼を焼いた。この部屋で夜空の投影を見たときのあの瞳を俺は思い出していた。ゆっくりとその閉じた瞼の裏にどんな花を咲かせているのか俺は知らない。

「無いのかなあ、写し絵くらい」
「この部屋にはねえぞ、大体読んだが」
「はは、この部屋になきゃ、俺の知る所にはないな」
 翠の集めた“完全に趣味の”本が此処には詰まっている。光を詰めたのが花火ならこれだって花火みたいなもんだ。それは、すこし違うか。それでも、知らぬ花なら好きに言う。

「なあんにも知らないんだ。花も、火も、星だって居留が教えてくれたばかりだ」
「あんなもんで教えたなんて、安上がりだな」
 夜空に開く大輪の花を生涯、見ることはないだろう。近頃は國の方でもそういう娯楽はめっきりだと女王が厭な笑いを浮かべていたのを思い出す。成りたいと願える空の花も知らない。

「作るか、花火」

 しばらくの沈黙があったのち、勝手に俺の口が喋った。麗は、言葉の意味が頭に届くと同時けらけらと笑った。
「あっははは、居留のそういうとこ俺大好き」
 軽い声だ。沢山の人間がこれを求めるような声だ。ち、と無意識に舌打ちが漏れる。眉間シワよってんぞ、って、心底に嬉しそうな顔をお前がするからだ。

「夢、が、街には無い。幻ばかり、よってらっしゃい観てお帰りよ、俺だってそうだ。だから俺は居留が好きだぜ」
「目にもの見せるぞてめぇ」

 麗は楽しみにしてるよと言い、煙草を取り出した。吸うときは外、大抵一本分だけ俺はそれに付き合い、彼はそのまま店に戻る。お決まりだ。
「早いな」
「実は今サボりなんだよな」
 軽やかに笑って麗は戸を開けた。先程の子供の勢いはなく、静かな音と動作だった。造りの花の敷き詰められた汚い店に彼は帰る。

「覚えてろよ」
「任せとけ」

 本物を作れないと生まれる前から決まっていても、咲かすが、花。花。



20171106 ツイッター再録





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