街はそういう色をしていないと死んでしまうことを、みんなみんな知っている。

 街、という場所では。どうしても色が売られていなくては街として確固たる状況でいられないことを、知らないでなど、此処では生きられない。
 逃げられませんね、僕ら。あの女店主に言えば、さっさと出て行け居候、と、見当違いも良い所ないつもの通じない返事があるだけだということも、僕は知っている。

「藍。ねえ、藍」
「なんです、司。あまり煩いようでしたら追い出します」
「名を呼んだだけじゃあないですか。酷く気を立てて、当たるのは止して下さいよ」
「気を立てているのは、一体何方の所為ですか」

 君は、逃げ出そうとしている。この箱庭と言う場所から。この場所が街の中では安全極まる所であることを知って尚、君は此処から逃げ出そうとしている。
 此処で死ぬことなど、微塵も思い描いていないような、凛とした様子で、色を、花を、愛を、売り続けている。もう、こんな所まで登ってきてしまって、今更、逃げ出せない自分を嘆くことも無く。

「僕が此処に居ると、折角の機会を無駄にしてしまうことになるからだろうね」
「お分かりでしたら、出ていくか、死ぬか、死ぬかの三択にお答えいただきたいところです」
「残念。生きて君を此処から出さないようにしなくては、女王に殺されてしまう」

 仕事なのです。君が色を売るのと同じでね、僕は命の売り買いをしてる。商売。この街では、そういう色をしていないと生きてはいけない。死なないために殺すことは、なにも悪いことではないから。

「藍。何故君は、そんなにも美しいのに、こんなにも可哀想なのだろうね」
「可哀想! それは私に言っているのですか? まさか」

 私は可哀想になど成り下がりませんよ。煌びやかな外のネオンが差し込んで、藍の輪郭をなぞる。派手なピンクと赤と黄色だったけれど、彼女の肌はその下品な色すらも美しく跳ね返していた。白は不透明だけれど、色の受け取り方が半透明だった。作り物の、美しさ。売り物。彼女が笑うと、僕の背中には氷が通る。

「私は、決して不幸ではありません」

 薄暗い部屋のなかで、白い肌と黒いワンピースが動く。窓際に立って、そのまま窓を開けた。隙間程度しか開かなく加工された窓。吹き込む風は生臭い。部屋に溜まっていた煙草と香水の匂いが吹き飛ばされていく。風上の彼女の匂いも、僕に届くよりもはやく。霧散していく。

「司。私は」

 此処から逃げ出して、どうしても行きたいところがあるのだと、いつか遠い日に語った彼女の瞳は揺れていた。なにも疑わないような瞳を作るくせに、あればかり本物で、すべてに絶望したように一つきりの望みと願ばかりを語った。

 少女だ。

 おんなを売るひとは爛れて腐っているものと思っていたけれど、少女が、いるのだった。現に僕の目の前で、おんなでありながら少女である貴方が、笑って居る。

「私は、負けても構いません」

 死ななければ、構わない。老いて、老いて、いつか捨て置かれる時が来るのを、逃げ出せない心のどこかで考えていた。
 にげだせないことを知っても、いつかはつかわれなくなることを知っていた。でも、それしか知らなかった。

 少女は知らない。夢の行先を、知らない。僕は知っている。彼女のあとさき。
 貴方の行き着く先をね、僕、知ってしまっているんだ。



即興小説/30分
お題「暗い敗北」






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