「おー、匣、似合ってる似合ってる!」
「ばかにしてるでしょ」

 いつもの、煌びやかで豪奢な着物とは違う、動きやすい甚平みたいな格好。さっき、わざわざ柳が持って来て、着せてくれたものだ。
 奈留のとよく似ているけれど、色がちょっと違った。それに少しだけ、僕のものの方が小さくて、むかつく。

「探検はやっぱ動きやすくなくちゃね」
「行くとか、言ってないじゃん」

 言ってなくても、あれは肯定だったのだろうけど。今更なにを言ったところで、僕の態度は子供の我が儘みたいにしか見えない。そんなことは分かってるけど、つい言い返さずには居られなくて。
 そんな僕の悪態しか出てこない口を、奈留は叱らない。閉じろとも言わず、塞ごうともしない。

「残念ながら、上の階は僕も匣も入れないんだけどね。下の階の案内なら任せてよ」
 上の階には、藍ちゃんとか御嬢とかが居るんだけど……、奈留は続けながら、僕の手を取ろうとして、一瞬で引っ込めた。

「……平、気?」

 なんだよ今更。引っ張り起こしたりしたくせに。思っても言わなかった。だってその時だって、素肌には触れないように服の上から腕を掴んだから。
 擬いなりに遊君なんかやっていれば、そんな気遣い、不恰好過ぎて見え見えで不必要だったのに。

 奈留は知ってる。僕が本当は他人に触れられるのが嫌いだと言う、下らないことを。僕から言ったわけじゃない。誰にばれた事も、ない。多分。とにかく、客には。
 なのに、奈留はふと言ったんだ。まるで当たり前の会話みたいに、僕に突っぱねられると分かっているくせにお茶を煎れてくれながら。

(僕は、必要以上に君に触れたりしないよ)
(……当たり前だよ、君は客でもないし、)
(違う。いやがることしないって、言ってるの)
(何、ソレ)
(あれ、違った?)
(……っ違、う)
(大丈夫、触んないよ)

 命令されて来ているだけの癖に、大切にするみたいに扱うから、嫌だ。つい、寄り掛かりそうになるんだ。奈留が僕を甘やかすのは当たり前なのに。
 あの女の命令は絶対だから、優しくしろって、手懐けてこいって言われてるだけに過ぎない。そんなの、分かってる。分かってるのに。

 奈留の一瞬触れた指先が熱い。其処に心臓があるみたいに、全身の血が集まってしまったようだ。嫌だから、嫌いだからだろうか。この熱さが、不快だ。

「別に、仕事に差し支え無い程度の嫌悪だよ」
「ばーか、普通にやだって言いなよ」

 仕事だと割り切らせてくれよ、と言いたいのに、馬鹿な奈留には伝わらない。彼は、ぱっと離れて一歩後ろに退がる。やめろよ、僕はその距離感に溺れるんだ。「ばか、って」「ごめんごめん」ついつい、なんて笑って。笑い返したこともない僕に、沢山沢山、笑って。僕はそれに息が詰まるような、気持ちになる。

「そんなら、こーしよ」

 しゅるん、と、何処に隠し持っていたのか、サテン生地のリボンが現れた。濃い青のそれを奈留は器用に自分の腕に括ってから、僕に差し出す。

「なに」
「腕、かして」
「なんで」

 嫌な予感よりも早く、そのリボンは器用に僕の腕を捕まえる。するりと滑る布が、僕の左腕に括り付けられた。その動作も、うまいこと直接触れてこない様にされていて、きりきりと違う何処かが痛んだ。

「迷子防止」
「ふ、ざけんな!」

 いみわかんないとこでばっかり手先が器用な野郎のようで、そいつは簡単に解けるようにはなっていなかった。片手しか空いていないのも足されて、どうも全然解けない。

「これなら離れなくて触らなくていーじゃん?」

 屈託なく、笑う。なんもよくないのに、なんか全部もっていかれちゃって、しょーもない。

 奈留の細い不健康そうな腕には、真っ黒な刺青がされている。僕には無い明らかな所有の印。それが丁度隠れる形で、リボンは結わい付けられていた。

「まず、迷子になんかすんなよ」
「しないしない」
「じゃ、なん、で」
「なーんでも。匣が安心するだろうなって」

 ほら、行こう。そう誘う僕の腕の群青の先には、君がいる。とか。
 それはきっと間違いだろうけれど、所有を上塗り出来たかのような幸福。


(あくまでぼくらはあのひとのもちものでしかないけど)
(この青は僕らだけの物なので)






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