(お前、名前は?)
(……無い)
(はぁ? あの、ほら、別に正式名とかじゃねーんだぜ、商品番号とかそんなんで、)
(無い)
(ったく……、じゃーお前今日から銀! 髪キレーだから、銀)
(ぎ、ん?)
(ほらほら行くぞ銀ちゃーん、叱られちゃうぜ)


 ──俺の、だったのに、なぁ。

 一瞬の銀色を見逃せない俺が悪かった。たまに街中で銀髪を見かけるたびに目がそれを追う。何のための客引きかって、そりゃ、さあ。

 気付いたら声を掛けて、結局地味に振られて帰って来ちゃった。悔し紛れ、去りぎわに傷一つくれてやったくらいじゃ気が済まない。ぼろっぼろのずたずたにされれば良い、そして俺に縋れば。こんなに俺の呼吸を盗んで、はいそうですかサヨナラなんて言えないよ。
 無論これは恋ではなく愛でもなく、独占欲。所有を存続したいというそれだけの。そのために乞いて媚びた。汚かった俺を銀が見る筈も無くて、そんなことは分かっていたのにばかみたいだ。

「考えごとかしら?」
「ふっふー、お姉さんのこと考えてましたー」

 あらあら、なんて綺麗に笑う。隣で栗色の長い髪の流れるのが薄暗い中ではやけに印象的。絶世のとまでは行かずとも、そこそこに美人だった。
 綺麗なのに、こんな街に来て俺と遊んでるなんて可哀想な人だ。この街に来る人なんてみんなみんな哀れで惨めだ。高い金と引き替えに何を買っていやがるのですか、それは貴方の世界の足しになっているのですか。なんて、此処でしか生きていけない俺は。
 せめても此処が例えば箱庭の様に仮初めでも幸せをくれたなら、良かった?

「嘘ね」
「うわ、お姉さん厳しいよ」

 遊君の嘘は玩具とか飾りとかと同義なんだから、ちゃんと遊んでくれなきゃ。でないと、こちとら張り合いが無いじゃあないか。
「下手な嘘で遊ぶ趣味はないのよ」
「ほんときびしー」
「甘くしている方だわ、貴方の顔は好みだもの」
 じゃあこの顔にも感謝かな、飛び切りに笑顔を作ると彼女は呆れたように俺を小突いた。我ながらばかみたく女みたいな顔をしていて自分がいやなのは今のところ銀しか知らない。

 じゃあ、これお小遣い。ひらりと何枚か置いて、彼女は立つ。お小遣いという言い方は悪くないなあ、なんだか悪いことをしている感覚が擽ったくなってくる。

「また、来てよ」
「気が向いたらね」

 彼女は言う。溺死寸前の癖になんて凛としていて腹の立つことか。
 派手すぎない品の良いコートに身を包んで、ばいばいと手を振った。女の子の、可愛い在り来たりな仕草。俺に足りないもの。

 嗚呼、彼女の気の必ず向くのを俺は知ってる。








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