こんこんと窓を叩くと、窓越しでも分かるくらいに大袈裟なため息を吐かれた。それから、ゆっくり開けられる小さな窓。中に入れないわけではないが、僕は窓の縁と配水管でバランスをとったまま、その場で挨拶。
「今晩は、藍」
「ばかですか?」
さっさと死ねば良いのに、と、彼女は此方を睨んで呟いた。落とした灯り、深い藍色の髪とそれに良く似合う濃紺の目。仕事外では質素なワンピースを好むらしく、本日は闇に溶ける黒をすとんと着ていた。綺麗と言う言葉が似合った。
心臓を持って行かれたのだ。そんな少女に。こうなったら貴方に殺してもらうか死んでもらうかどちらかしなくては。勝手に死ねだなんてなんて鬼畜な女だろう。
雇われ始末屋の自分がまさか、雇い主の飼い猫に惚れるなど有ってはならなかった。恐らく彼女──藍の飼い主のあの女は気付いているのだろうが。まったく食えない上に読めない。まだ僕には利用価値があるとでも言った所か。殺される前になんとかしなくちゃなあ、しょうもないクライアントに出会ってしまったものだ。
「一体どうやって登って来るのですか、貴方」
「ふっふっふ、僕は魔法使いなんですよー」
六階のこの場所まで登って来るのはそこそこに骨の折れる仕事なのだが、しかし彼女を見ることが叶うと思えばわけもない。
本来僕は此処への立ち入りなど許されていないのだから、現場を押さえられれば良くてもクビは免れないだろうけれど。それもまた構わないと思わせるほど、この藍色の遊君は美しかった。
「早く、帰りなさい」
「おや酷い。始末屋を目の前にして此処まで動じてくれないなんて、傷ついてしまうよ」
さらりと流れる髪に、きつい瞳がよく似合う。「私を殺さない殺し屋等、何の価値も無い」、早く帰れ。もう一度語気を強めて言われた。
「じきに柳が来ます」
「おっと、そいつは不味い」
柳とはこの箱庭の遊君の世話役の名前だが、あの女に見つかればよもや半殺しどころで済まないだろう。
「いやはや、藍は僕を心配してくれていたのですねぇ」
茶化すように自惚れてみせれば、屹度、彼女はすこぶる厭そうに顔を歪めて舌打ちでもしながら暴言を、
「……早くなさい、司」
「ら、ん?」
早くお行きなさい。それだけ言った。目を逸らして、どうにももどかしそうに、困ったように。
「藍、それって」
「ばか!」
ぴしゃん、無理矢理に八つ当たりの勢いで窓を閉められた。危うく指先を持って行かれるところだったのはさておき、ああ、ねえ心臓は返してくれなくって良かったのに。こんなにばくばくという心臓なんか、うるさくて痛くてどうしていいかわからないじゃないですか。