「御嬢」
「……何よ」

 御嬢、これは何のマゾプレイですか。
 なんて、ガチ怖い彼女に訊ける筈もなかった。真っ黒な長い髪に真っ黒な目、真っ黒なセーラー服、唯一の赤はスカーフ。箱庭の御嬢は本日すこぶる心底マジで機嫌がよろしくなく、先程から時折俺に向けて画鋲を投げて来ている。
 1メータ程離れたこれまた真っ黒な椅子に腰掛けて、部屋の掃除をしてやっている俺に。ちくちくとしたそいつ、最初は耐えられたのだが段々と煩わしくなった上に御嬢の機嫌も加速して悪くなる一方なので、俺はとうとう雑巾を投げ、彼女と画鋲に向き合ったのだ。

 これ以上近付こうものなら恐らくは箱ごとその中いっぱいの画鋲の雨を降らすだろうから、とかく俺は一つまた一つと投げられるそいつをなんとか受け止めながら時折傷をこさえて耐えている。これ箱の画鋲が無くなったら次はこの人何を投げてくるだろうか。コンパスとかじゃないといい。
「今日お前どしたの」
 ぴん、と、だんだん投げるのがうまくなって針先が真っ直ぐ俺に向かったまま当たる様になってきました。痛いです。しかも今は俺が動いていないので益々的確に当たります。

「……仕事」
 彼女は最早機械的な仕草で画鋲を投げ付けながら、それだけをぽつんと言った。
 仕事が、どうしたのか。それが、俺にとっては重要なんだ。御嬢の機嫌が悪い場合の9割9分は仕事絡みなのだから、そんなことは分かってる。

「仕事、が?」
「死ね、銀」
「あのな、御嬢日本語」

 通じてるのかよ、とさえ言う隙もなく彼女は椅子の上に立ち──そうなると勿論俺の頭ほうが低い位置にあるのだが──脳天からざらざらとそいつを降らせた。予期はしていたが予想外だ。

 ぴしぴしとちくちくと、致命的ではない些細な傷ばかりが出来る。明日には消える程度の。
 反射に近い反応で目を閉じたが、それでも御嬢の泣きそうな顔は見逃せなかったのだから、自分の視力は都合が良すぎる。仕事。仕事なんだけど、これも。だって言ったってこんなの理不尽だ。弱い生き物をかくまうこの庭の中で、ぐずぐずにわめく少女のこと。







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