「これはマゾいよ」

 なにどーしちゃったわけ、なんて聞くだけ無駄だけど。でろっでろになってた包帯は使い物にならないので新しいものを出しながら、建前上聞いた。

「御嬢がさー」

 で、ついカッとなって女王に殴り込み行ってたら傷口開いた。けろっと何でもない風に言ってきて、苛々したために不可抗力で消毒液を傷口に直接ぶっかけた。赤と透明がさらさらと混ざる。

「ばっか、やめろ痛すぎて吐きそうマジ無理」
「吐いたらキレる」
「理不尽な!」
「うっさい黙れ怪我人おとなしくしろ」

 ぎゃんぎゃん喚く銀をぱしんと叩いて、それからそっと脱脂綿に消毒液を含ませて傷口を綺麗にしていく。血の量は派手だったけど、そこまで深くもないから早くに治るだろう。
 手当ての間中、銀は黙ってその作業を見ていた。黙れと言ったのは僕だけど、なんか違和感。
 時々びくんと震えるのは恐らく僕が傷口に容赦なく消毒液をかけたり包帯を巻いたりするから、がさつでごめん。そう意味合いを込めてその顔をちらりと覗くと、

「……何その顔」

 その、顔。匣みたい。とたん、なにか遣り場の無い気分がぐちゃぐちゃになって、ぎゅ、と、もう一度脱脂綿を押し付けた。八つ当たりはなはだしい。銀が「いってぇ!」と叫んだ。うるさいなあもう。

「……痛いの我慢してる感じ、匣みたいですげーむかつく」
 ただ違うのは本人に痛みの自覚があるかないかで、その違いが最大で最悪だけど。銀は手を引っ込めてしばらく僕を信じられないものを見る目で見ていたが、あー、と唸ってから口を開いた。真新しい包帯を手渡すと、器用に自分で巻いて行った。自分でできるなら最初からやんなよ。

「匣って、あの四階の無愛想で無口で仏頂面で冷たくて口が悪くて生意気で頑固で目が据わってて死にそうな、しかしながら顔だけは滅茶苦茶に綺麗な、」
「うん、それ」

 痛くて痛くて泣きたいくせに、自分でさえ泣きたいことに気付いてなくて、壊れそうで壊れてて頭悪くてしょうもない、その人。初めて見たとき言い様もなく僕の方が泣きそうになったくらいに、悲しい綺麗なひと。

「っていうかさあ、え、ちょっと銀聞いてくれるあのさあ。その匣、本当にいやわかってるよ大半は僕が悪いんだけどさ、本当に口も利いてくれないんだよ。そりゃ僕も悪いしどっかで押し付けられた的な気持ちもありますよ、でももう一回チャンスほしくないですか? 女王様に言われたとか言われてねーとか今更どうでもいいっていうかどうでもいいよね、言われたことやらないと死ぬのは終わってるけど、だってさあ、僕はもう匣に出会っちゃってるんだよ、」

 ──もしかして僕に何かできるのなら、もうそれだけでいいやって、

「思って、る」

 ある種の一目惚れだった。僕がこの人に必要とされたいという汚い醜い欲求を含んで、壊れかけの人形を直してやりたいだなんて傲慢にも思った。その命に続いてほしいとこの綺麗なひとが笑ったらどんなにいいだろうか、とか。
 本当にばかだよね、相手にもされてないくせに。妄想癖もイイトコだ。

「それ言ってないだろ」
「え、?」

 銀はこの僕の恥ずかしいだけの独白みたいな言葉を聞いて、それから予想外に真剣な声音で言った。笑われると、思っていた。
 僕が握り締めたままの包帯を取り上げ、くるくると器用に自分の腕に巻き付けながら。

「言わねーとバカには伝わんねーじゃんか」

 奈留と違って、みんな自分のための自分を繕うので手一杯でさ。
「僕と違って?」
「女王の考えも分かるなーっつー意味」
 お前そういうの得意みたいだから。銀は意味深なことをぼやいて、包帯を巻きおわったらしい腕を突き出す。「……はいはい、」ぱちんと、小さな金具で固定してやった。「ありがとな」軽く言って、ぱすぱすと頭を撫でられた。くそ、ガキ扱いかよ。身長が憎い。

「その匣ってのとか、あの御嬢とか、すっげぇ馬鹿だからさ、一から全部言ってやれよ」

 じゃあな、と、立ち去る銀は、多分御嬢の所へ行くのだろう。

「一から、ね」

 明日また、匣の所に行こう。また来たの、何の用、要らないから帰れ、きっとそう言うだろうその人を思い浮かべて、一つ、息を吸い込んだ。






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