「僕に、君は要らないよ」
要らない。
彼はそれだけ言って、扉を閉じた。ばたん、かなり力強く閉められる。しんとした廊下に音が響いた。所謂、門前払いである。あの日以来、一度も部屋に入れて貰えてすらいない。我ながらよくめげないなあと思うのだけど、毎回、あの少年遊君は僕を微塵も見ちゃくれない。
あれから毎日通って見ては居る、けど、一向に彼が僕を目に映してくれる気配は無い。あの時、最初に会ったあの日の一瞬、以外には。
(……だって、どうせ、此処で死ぬんだよ)
本当に、要らないと思われている。どころか、恐らく迷惑で頭でもおかしいとさえ思われているだろう。でも、それでも。それでも、僕は匣に。
(そんなのどうせ、義務だからでしょ?)
(そういうんじゃ、ない)
(女王に言われなきゃ、君は此処に来るはずも無かった)
(でも、違う、ねぇ匣。聞けって僕の話)
(思い込みでしょう、ねえ。僕に、君は要らないんだよ)
存在意義を僕に求めないで、迷惑。硝子玉の目は無論、その耳だって、僕の声なんて聞いちゃくれない。どうしたら届くのかも、分からない。
逆に僕には匣の声が届きすぎる。反芻を繰り返した匣の言葉は、じわじわと色んな所に染みて痛い。ちなみにいうと毎回収穫なしで帰ってくる僕に対する居留の当たりもかなりきつい。第一印象がゴミすぎだろお前、ってそういう正論ほんとやめて。心臓と胃がいっぺんに死んじゃう。
「壊れた玩具、かあ」
それは彼のことというよりは、僕のポンコツ使えなさ具合のほうがまさしく、と言った気がした。お前は壊れてんじゃなくて元々つかえてねーだろ、っていう脳内居留の声は無視。
ぎい、と、錆びついた音を立てて扉を開ける。廊下の端の扉から出られる、四階と三階を繋ぐ関係者専用の裏の外階段。箱庭のなかの噎せるような香の匂いから放たれる感覚と、吹き抜ける決して綺麗ではない風に洗われる皮肉。
三階の裏方の勝手口からだけ入れる、今までは決して超えられなかった線引き。一度超えれば何と言うことのない、ただ繋がった向こうの世界だった。だけどそんなもの物理的な話で、僕は一歩だって動けちゃ居ないんだ。
はぁ、と、深く深く息を吐いた。全部抜けてなくなれたらなんて、柄じゃないけど。
なんでこんな押し付けられた遊君のことなんかを考えていなくちゃならないんだよ、畜生。悪態を吐く間も、頭の中にはぐるぐると匣の泣きそうなあの一緒の顔と、比例しないくらいの辛辣な言葉が廻り続けている。
(笑えば、いいのに)
重たくなってきた体を錆びた柵に預けてずるりと座り込んだ。
見晴らしの悪い汚い路地裏が眼下に広がっている。心象に例えるには少しばかり荒みすぎた街並みに、憂鬱感を増した。この世界は、狭い。匣の世界はきっともっとずぅっと、息苦しく狭いんだ。
生臭い風が吹いて、ふと、勝手口が開いた。
「げ、奈留かよ」
ふと見上げると其処には、銀髪。
「銀、マゾだっけ?」
「んなわけあっか」
左腕が血だらけスプラッタな銀髪の阿呆が、ばつの悪そうに立っていた。なんなの、あたまわるいんじゃないのこいつ。