壊れた玩具を直せ、と、言われた。遊君は女王様の玩具である。つまり僕らに至っては女王様の玩具の玩具である。ドールハウスの中のミニチュアの玩具。人形の玩具。
「……あの、女王様、僕の糞みたいな脳みそでは少々分かり兼ねたのです、が、」
真っ赤なヒールにびっくりするほど似合う綺麗な脚だけを見つめながら、視線を上げることもままならない。何故、一介の目立たぬ下働きでしかない僕が、決して兄の居留ではなく、この僕が、この世の悪徳の塊の目の前に正座して居るのか考える。何故。一体何故。
「だから、壊れたから直しとけっつってんだよ」
何度も言わせるとその糞みたいな脳みそ廃棄にして中身入れ替えっからね、と、乱暴に髪を引っ張られ上を向かされる。
初めて間近で見る権力は、妖艶で黒々とした中に真っ赤な瞳を携えていた。目を逸らすに逸らせなくて、勝手に身体が震える。本能とかそういう奥深くが言うのだ、こいつは危険だと。
僕は取り敢えずこの人なら本当にそういうファンタジックな廃棄を行ってくれそうだなあ、と現実逃避。
僕の中身が変わって困る人なんて居ないだろうけど、と、思ったのは居留には内緒。冗談通じないから、あの人。
「あんたに拒否権はないんだよ」
「……は、い」
やっとのことで喉から絞りだした声はか細く、自らがみすぼらし過ぎて死にたくなった。この世界はこうも天地の別れるものだったのか。
彼女に言われたのは、四階の新しい遊君の話相手になれ、というそれだけのことだった。
別に、居留だって二、三階の遊君達が暇を持て余せば、物語を聞かせにいったりしているし、僕だって話下手ではない筈だ。
だが、四階となればわけが違う。四階以上の階に出入りが許されるのは柳の姐さんや、若しくは御嬢のとこの銀みたいな特別に許可された例外達だけだ。
「……あー。処刑だな、処刑」
「居留ってばほんっとやめてよー」
ぜってーお前殺されるって、と、冗談なのか分からない淡々としたいつもの口調で兄貴は言う。目は本から二秒も離さないので、まあ適当にあしらわれて居るのだろうけれど。
「しかし、少年遊君、ねぇ」
どんなニーズにもお答えって言ったって、それどうなの。異国風の髪と目をした美しい少年。僕ら、ほとんど見たことがない。二階、三階の時期を飛ばして、女王に直接引っ張られてきた彼は突然四階の遊君とされたわけだ。
「どーっみてもワケありだろ」
「そりゃそーだけど、居留気にならないの?」
「んなに気になるなら柳姐とかに訊けよ」
俺は寝る。視力の弱い所為で本を読むとすぐ疲れるらしく、居留はぱたんと本を閉じて(……おや、珍しい。物語本でなく、星の本だ)すっくと立ち上がる。
「訊いたさ」
「ならもう十分だろ」
「訊いたって、何も分からなかったんだ」
柳姐さんも殆ど会ったことがないと言った。食事を運ぶのと、着付けと、その程度だそうだし。
(……綺麗で、小さくて、弱そうで……壊れ物、ぽかったな)
(いつから詩人に?)
(ぶっ殺すぞ)
(ごめんなさいもうしませんごめんなさい)
「なら尚のこと俺が知るかって」
ごちゃごちゃほざいてるだけ時間の無駄だ、と、その分厚い図鑑の角でこつんとやられた。早く寝て明日は生きろ。それだけ言ってさっさと奥の寝床に向かってしまう。
痛いしむかつくしもう少し話聞いてほしいとか思うところもあるけれど、なんだかんだ優しい兄貴だ。
明日は、死ぬかもしれないけど。