「まあ、俺もあんたのことは嫌いだけど、」

 と、言って後悔先に立たずとはこういうことでもう少し考えてから発言しなさい暗清黒梨と言われても考えて発言してないタイミングって誰にでもあり得るしその考え無いときに大体地雷踏むんだから考えなさいは今必要なことだとは到底思えないわけで、ええ。そういうことです。

 鑑の冷えた目が此方を向いた。この目を知ってる。
 お母さんが怒り出してる時の目に似てる。なんてこんな母親願い下げだけど。

「へえ、あんた随分と大層な口を利くようになったんだねえ」

 綺麗な女だけれどもそれ以外は本当に人として死ねばいい要素しか持ち合わせていないよなあと思うけど、最早それを口に出そうが出すまいが行き着く先は同じ。
 彼女はゆっくりと立ち上がり、未だに座っている俺の目の前で立ち止まった。
 手には、まだ半分以上残ったままのファンタ。俺の頭上にゆっくりと掲げられるそいつが段々と傾い、て、

 足音、近づく。

「起きた! ええっと、アーク、起きたぞ!」

 なあなあなあなあおばさんおばさん! ばったーん、勢いよく開いた扉と突如入ってきた黒い塊。
 アークテュルスと同い年くらいの少年。黒い中途半端に伸びた髪。細い身体。ちょっと鼻に掛かった声。

 俺の頭上で傾きかけたファンタが止まった。これ幸いと逃げようとするがいつのまにか肩をしっかりとつかまれていて動けない。
 綺麗に伸ばされた爪が食い込んで痛い。年甲斐もなく真っ赤な、爪。

「だーかーら、起きたんだってばあ! はやく見てやってよ、おれ心配なの!」
「あーもう、うるさいねえあんたは!」

 ぎゃあぎゃあと恐れることなく鑑にむかってまくしたてる少年に、次第に興味を惹かれてまじまじと見る。
 細い腕で俺の事はガン無視で鑑の腕やら服やらを引っ張っている。頭上のファンタが揺れているので俺の死期は近い。

 鑑がとうとう俺にファンタをぶっ掛けることから少年へと思考をシフトした。珍しい。
 少年と鑑を交互に見比べていると、鑑に本気で睨まれた。

「なんだいあんた、その目は」
「ええ、と」

 ……隠し子?

 あちゃあ、と、少年が初めて俺に意識を向ける。頭上、注意。

「……死にな」

 かくして。俺の頭には無事ファンタが降り注ぎ、部屋に科学香料が広がる。これ以上髪色抜けたらどうしてくれやがるつもりだ鑑てめえ、という言葉はもちろん飲み込まされたのだけれど。



「帰る」

 開口一番にそれだった。
 それから次に、なんでそんなべたべたなの、だった。俺はなるべく自然に会話をつづけ先ほどの失態について自白し散々にばかにされた。
 これだけ元気があるなら大丈夫だろう、俺は適当に荷物をまとめて立つ。

「よし、帰ろう」
「うん」

 はやく髪の毛何とかしたいしなー、と言うと、べたべたな黒梨の隣とか歩きたくない、と笑われた。
 いつのまにか、ちゃんとアパートはアークテュルスの帰る場所になっていたのだと思いながら。


 鑑の家、というか研究所というか病院というか、は、アパートから歩けてたどり着ける距離にあった。鑑はこの道を歩いたことはないだろうけれど。車文化め。
 ゆっくりと、坂を下る。微妙に足の覚束ないアークテュルスの手を引きながら、ゆっくり、ゆっくり。

「お前、さ」

 ちら、ちら、と過る光景。泣き喚く少年。アークテュルスは俺が続けるよりも先に答えた。

「幸せだよ、ぼくは」

 お前、さ、幸せ? 訊ねる前に答えてしまうこのこどもは、曖昧そうに笑った。
 誰にも理解出来ない怖いそれに怯えるばかりの癖に、何で。その思考は俺の口から出る前に目の前の星に食われて行く。感情を揺らさないことは出来なかった。電波は俺の知らないところで飛ばされる。

「幸せだよ」

 みんなからに言ったら不幸なのかも知れないけど、と、いつもより弱々しく笑って言った。

「だってぼくには名前が有るんだ。黒梨のくれた、名前」

 アークテュルス。
 自分で一度名前を呼んで、くすぐったくでもなったのか、ちょっと笑ってつづける。

「名前は、ぼくがぼくでつまり道具でなくなる魔法なんだよ」

 ──ぼくに、名前をくれる?

(お前、何人? 日本人、じゃ、なさそうだしなあ……片仮名、か……っていや俺なんでお前に名前なんか、)
(ねえ、名前)
(ああもう、分かった分かった分かった! そう急くなよ、お前名前ってのは凄い大事なんだ。ほいほいと付けてたまるか!)

(そ、なの?)
(そうだよ!)


「ぼくが、ぼくになれたのは、黒梨のくれた名前のおかげだし、だからへいき」
「お前言ってること滅茶苦茶だぞ、ったく」

 今日は麻婆豆腐にしようか、一番辛くないやつで。小さなこえで少年が「やった」と言ったのは、聞こえないふり。







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