「何が不思議って、このなかにあの蝉が入ってたってことだよなあ」

 黒梨は薄茶で半透明なそれを夕陽に透かしてつぶやく。子供たちにみつけてやっていたら、あまってしまったものだそうだ。どれだけ見つけたのよ、馬鹿。
 一日中、と言っては言い過ぎだけれど、昼下がりからずっとこの炎天下公園で遊んでいる子供に混ざるこの男をどうしようも出来ず、付き合って居たらこの時間だ。「おうちに帰りましょう」を告げる鐘が鳴っていた。

「蜻蛉もそうでしょう、ヤゴ」
「そうなんだけどさ」

 どっちにせよ不思議だよ、「蝶はなんとなく分かるんだけど。ほら、サナギだし」と、意味の分からないことを言ってまた脱け殻をじっと見る。人差し指と親指でつまんでいたそれを、手のひらに乗せた。

「蝉は七日の命だとか、儚いものだとか、言うけど」

 彼の違う意味で色の薄い瞳は、小さな子供を止めてしまったようだった。光をあまり取り入れない灰の目。
空っぽになった脱け殻の目と、目をを合わせるようにしていた。二つの瞳は似ていた。

 手のひらに乗せたそれは、皮膚のとっかかりに爪が引っ掛かっているらしく風で飛ばされることもないようだった。しっかりと、たっている。

「儚くなんかないよな」

 確かに鳴いたのはたった七日のことでも。
土の中で何年も時に十数年も生き延びる彼らを、儚いと言うのはあまりに安直なことだと思った。

 黒梨はそっと抜け殻を手の中にしまうようにして、それから私に向き直った。かえろう、と、いつもあまり使わない筋肉を使って、笑う。
 なんてこいつに似合わない笑い方だと、私のもっと固くなった筋肉もちょっと緩む。彼も私に似合わない表情だと思ったのか、先と違った顔でにやりと笑った。

「ねえ、一月よ」
「え?」

 アパートの階段をのぼりながら、ずっと胸に引っかかっていた言葉を吐き出す。この言葉ではないものが詰まっていたのは確かだったけれど、私の舌に乗せるのはこれが限界で彼ならそれでも受け取ってくれると甘えた。

「蝉は飼育が困難なの。だから飼うとすぐ死ぬけれど、野生では生きるのよ。一月鳴くわ」

 だからどうと言いたかったわけではない。何を飼うなと言う示唆のつもりもないし、何を良いと言うつもりもない。
 儚いなんて思っているのは、私達だけの幻想で、何年も土の中で動かずに生きて、出てきて一ヶ月鳴き続ける。それが蝉の生涯で、私達に何か思われたいだなんて思っちゃいない。きっと。だれしも。

「だから、儚いどころか」
「ああ、お前みたいだ」
「、ちょっと」

 どういう意味、と、尋ねることは出来なかった。203号室の中から大騒ぎする音がする。黒梨の溜息。それは蝉になってどこかにいく彼らに対する慈しみなのかもしれなかった。
 暗清黒梨と言う少年が拾った抜け殻の中身もきっと、このひと夏を鳴き続けて過ごすだろう。

 少年の抜け殻が、そこで笑って居た。





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