はた、と、気が付いたら、夜中だった。

 がんがんと何かの警鐘でも耳元で打ち鳴らしているみたいに、酷い音がする。音と言うのは少し違う。ただ痛い。ぐるぐると目が回る感覚も一緒に付いて回っていた。あー、分かった。これ二日酔いだ。そこまで思考が追い付いたところで、がばっと飛び起きた。がつんと一発殴られたかのような痛みが突き抜けて、咄嗟に頭を抱える。
 それと一緒に、色々なことを思い出す。今日は何日だ? 墓参りに行ったのが昨日、その日は何ともなかったんだ。というか、何も考えないように出来ただけだ。それで、今日は二十八日。アークテュルスを定期検診に送って、天籟が調子が悪いからと部屋から出てこなくて、俺は自分の部屋で、何が引き金だったかこっそりと持ち込んでいた酒が目に入って、一気に煽って、それ、か、ら?

(馬鹿ね、飲み過ぎよ。……未成年の癖に)
(とき、ひめ)
(不良は早死にするわ)

 時姫が帰って来て、それから、そのまま寝たんだと思う。たぶん、そっから記憶が完璧にない。瞬きの直後が現在みたいな感じ。頭が悪い。じゃない、頭は痛い。実際頭も悪いけど。

「うわ、最低だ……」

 呟いた声は、変に掠れていてうまく出ていなかった。思い返すのも恥でしかない行動だったように思う。今更。一日持ち堪えた振りで、結局、一人になった途端こうも簡単に破裂するなんて、なんて脆弱。自己調整のできない子供でもあるまいに。自暴自棄が何も生まないことが分からないほど馬鹿な歳も超えたつもりだった、否、年だけ取っている。

「黒梨くん、起きたの?」
 ことん、と、物音と一緒に真っ暗の中で声がして、びくりと体中が大げさに反応した。すぐ近く、俺の寝ていたベッドの真ん中あたりだと思う。じっと目を凝らして改めてみると、そこには天籟が床に座ったままベッドの端に突っ伏すようにしていた。多分うとうととしていたのだろう、眠たそうに目をこする。
「……お前、何してんだ」
「え、開口一番それはないよね」
 まず、言うことは? 慣れてきた目は、天籟の目を月明かりだけの中でも捉えられるようになっていた。その所為で、逆にその真っ直ぐすぎる目に捉えられて、離してもらえなくなってしまう。負けまいと見つめ返す気力ももう湧かなくて、俺はなるべく自然であるように目を逸らした。

「ああ、……悪かった、本当、に」

 ごめんな。こんな、俺で。不甲斐ない人間で。此処に居て、依存していて。こんな俺で。
 時姫にも謝った気がした。あれは時姫に謝っていたのだろうか。夢だったように曖昧な記憶だ。あの時、彼女はすごく揺らいだ目をしながら、そっと俺を撫でたような気がする。それも夢だったかもしれない。

 本当、迷惑。天籟は一つそれだけ言った。酷い扱いだったが、その声が少しだけ震えていた。俺は息を潜める。喉を震わせて、目一杯に涙が溜まっているのが月明かりに光っていた。

「黒梨くんは、いっつもそうだ」

 いっつもだよ。そう言いながら、天藾の弱そうで細い指がベッドの端のタオルケットを握り締めた。

「……そう?」
「そうやって、謝って笑ってごめんなって言ってそれで全部終わったみたいにする」

 甘える振りばっかり上手くて、僕らは黒梨くんの中を知らないままだ。黒梨くんは何も言わない。何も言ってくれなくて、なのに僕らが居なくちゃ死んじゃうって、言うんでしょ。
 天籟の言葉は続く。ぱたん、一つ滴が布団に落ちて染み込んでった。
「僕らには死ぬなって言うのに、黒梨くんは自分が死んでもきっと笑って受け入れちゃうんだよ」
 受け入れない線引きは無かった。ただ、立ち入らせない線引きが、あった。
 その確固たる線引きの存在を俺自身が自覚していた。ずっと“そう”だったろうと思う。ずっと前、まだ時姫もアークテュルスも居ないような昔から。違う、梨紅の死んだその日から。ずっと、ずっとだ。きっとこれからも、ずっと。永遠みたいに。

「僕らの声は届かないんだ」

 ずるいね、ああ、ずるいな。なことの中で、いことが小さく呼応した気がした。アークテュルスではないが、長く一緒に居ると、向こう側が聞こえる気さえしてくる。

「僕らは、何のためにいるのさ」
(俺達に、お前の自己満に付き合えって?)

 少し、普通よりも薄い色素の印象の目が、二人分の意志を持って俺に届く。届いたのだけれど、その彼らの強い意志に反比例するように、俺の心臓や頭の奥の方はひんやりと冷える。

「ああ、でも、大丈夫だからさ」

 大丈夫なんだ、今までも、これからも。ずっとこうしていなくちゃ、きっと駄目になる。
 面倒で、女々しい自分にうんざりするけれど、これを失ってしまったら、俺に何が残るのだろう。彼女を引きずる必要性が、俺にはある。

「こんな風な破綻の、何が大丈夫だって?」

 いことの、声だ。同じ身体を使うのに、こうも違う。そんなことが分かる俺のことを、きっとこいつらは分からない。それが好きだから、ずっと、もう変わったりなんかしなくて、良いから。
 いことは、俺の目をもう一度見てから、なことの溜めた涙を拭ってた。それから深く息を吐く。あいつ、変な所で繊細だから。いつだか、時姫にそう笑っていたのを思い出した。互いに、庇いあうのの、無益を俺は教えない。

「明日、覚えとけよ。時姫すっげえ怒ってた」
「げ。まじですか」
「そりゃもう。当たり前だろ、酷かったし」

 乾いた表情が、薄暗い中でもわかった。ひび割れていた。すり替えと切り替えの早さは、もしかしたら俺が教えてしまったのかもしれなかった。
 その内側ではきっと、もう一人が騒いで、大声で俺を罵倒してるんだ。







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