(慎と愛)


「愛、ティーバッグ」
「私はティーバッグではありません」
「とって下さい、な」

 と、僕が付け足すよりも前に、彼女はティーバッグの入った缶を手にとってくれていたりするから、僕は思わず少し笑ってしまう。くすくす。そんな僕に気付かない筈もなく、彼女の目付きは悪くなり、見事にその缶は僕の頭にぶつけられた。
「ひど、痛いですよ」
「貴方がにやけるから」
 はい、これも。続けて渡される魔法瓶には、まだ透明で何の味もしない湯がたっぷりと入っていた。ゆっくりそれをマグカップにいれてから、そっとティーバッグを浸す。じわじわと淡く色付く液体を、暖かい日の下で眺めた。マグカップに触れる指先は、やはりじんわりと暖かい。
 隣を見ると、愛のカップにはティーバッグが(愛のはプーアル茶だ、と、思う)既に入っていて、其処にとぽとぽと湯を注いだ。此方は急速に色付く。僕が愛のする行動の中で、文句は言わないけれど相容れないと思う行動の一つだ。

「たまには、いいでしょう?」
「面倒ではありますが、そうですね、悪くは」

 アパートのすぐ近くに、公園がある。その公園には一本立派な桜があって、その下には古びたベンチがある。僕が、初めて、愛を愛だと知った場所だ。

「随分、経ちましたね」
「そうですか?」
「3年以上、でしょ」
「私からしたら、たったの3年です」

 僕よりも年若い彼女は、呆れたように言う。私達の人生が、一体どれくらい長いと貴方はお思いですか。なんて、人生をやめたくて仕方がない僕を相手に、人生の長さを語ることの無意味さを彼女は知ってるのに。

「ねえ、愛」

 時間をかけて染めたカップの中の液体を一口飲んで、甘苦い独特の味を楽しむ。一呼吸。愛は紙皿を差し出し、そこにティーバッグを出すように促す。彼女は濃い茶を嫌う。何故かな。僕は濃いのが好きだから、その紙皿を一瞬見やっただけだにして、言葉を続ける。

「一緒に死のうか」
「あら、素敵ですね」

 そして、貴方だけ生き延びてしまうのでしょう、私が居ない世界で、貴方が死んだように生きるのも悪くありませんね。
 彼女はぴたりと張り付くような声でそれだけ言って、それきり。冷めだしたお茶は、緩やかに喉を通り、少しだけ胃に熱を残す。

「其れは、お得意の嘘ですか」
「何処からが、でしょう」

 なぞなぞにしてはたちが悪く、彼女の笑顔は嘘も何もかもを飲み込むような、残酷な絵の具の効果があった。







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