露木梨紅。つゆき、りく。享年十七歳。
 三年程前、誕生日の数日後に、ふと思い立ったかのように飛び降り自殺をした、馬鹿な女。

 一つ歳上のくせにガキっぽくて、我儘でうるっさくて頭悪くて不器用で、あんまり可愛くないやつ。オレンジ掛かった茶色に染めた長めの髪と、真っ直ぐした目を持った女だった。
 ピアスを開けていて、銀色よりも金色のものを好んで付けていた。傷んで所々金色のように色が抜けたその髪は、なんとなく、銀色の俺と対だと思っていた。

 ちょっと恵まれない家庭と、ちょっと恵まれない環境と、ちょっと恵まれない身体と。そんな安っぽい小説とかに出てきそうな安っぽい不幸を背負った、女の子。
 もう二度と年を取らない、女の子。

 三年も、前の話だ。
 未だに引き摺り続けている俺は、未練がましいと言われてしまえば言い訳出来そうもない。

 それでも、簡単に切り離せるものでなかった。毎月の月命日には欠かさず墓参りに行き、自分の中で彼女を懐古することを正当化する。
 女々しくて、無様だった。アパートの連中は何も言わないものの、きっとどこかで呆れているのだろう。

 たくさんの梨紅の言葉が、頭の中だけでなくそこらじゅうに残っている気がして、時々気が狂いそうになる。
 何を見ても、何を聞いても、ふと被ってしまうとそれ以外に頭が回らなくなるんだ、──今でも。

(ねえ、わたし、ずっと待ってるからさ)
(大丈夫だよ、黒梨)
(──ずっとってのは、永遠なんだから、ね)

 毎月二十七日は、そんな彼女の月命日だった。此処からバイクで一時間かそこらの場所にあるそこそこ規模の霊園の一角、在り来たりの墓石は夏になれば熱く、冬には冷たい。
 毎月毎月、欠かすことができなかった。年に一度、三月の本命日を除いて。


「なに、あんたまだ生きてるんだ」

 今月の、月命日。つまり昨日は、たまたまいつもより少しだけ遅く霊園に着いてしまった。
 俺は毎回必ず午前に墓参りを澄ますことにしていた。道が混むとか混まないとか、買い物の時間に被らないとか、そんな理由が建前的に存在したけれど、本当は。

 本当は“彼女”に会いたくないからだった。

「……あー、どうも」
「あっはは、どの面下げてここに来てんの? つーか、早く死んで梨紅に詫びろってあたし何回も言ってるよね?」

 俺の持ってきたカスミソウの花束を、ひったくってそのまま踏みつける、華奢な脚。あーあ、今回は折角琉夜に良いのを頼んだのになぁ。頭の隅で、目の前の出来事を客観的にみてみる。
 うーん、こいつは間違いなく向こうが悪いよな。どこに訴えても勝てる気がする。だって目が合うより先にとったんですよ、せんせー。

 なんて、馬鹿馬鹿しいこと。思うだけで身体は動かないし、彼女の脚はぐりぐりとすり潰すようにカスミソウをぐちゃぐちゃにし続けるし。霊園の丁寧に掃除された石畳に緑のしみは広がっていくし。ごめんなさい管理人さん。

「あぁ、でもあんたは梨紅と一緒のとこ逝けないか。だってあんたが梨紅を殺したんだもんね」

 にっこりと笑って、言い切った。彼女の小奇麗にされた顔が嫌な歪み方をする。作り笑顔と言うのも何か違う、心臓に痛い笑い方。
 人殺し。そう、初めて彼女に言われた時から染み着いて離れない言葉。すんなりと受け入れられてしまう程、その単語は俺に似合いだと思った。

(人殺し。あんたの所為よ)
(あんたが居たから、梨紅は死んだの)
(なんで、あんたが生きてて、梨紅が死んだのよ)
(あんたが、死ねばよかった)

 彼女、利波雨野もまた、三年間と言う長い時間、梨紅の毎月の命日に墓参りに来ている人間の一人だった。
 ……と言っても、俺と利波ほかに梨紅の墓参りに毎月来ている人間なんて居ないだろうけど。最近は梨紅の両親にすら会わないし、わざわざ命日に合わせるのも簡単なことではない。
 俺は都合がつきやすく(と言うのは言い訳に過ぎない、か)、利波は執着が勝っていた。

 彼女は大体午後に来ている。最初のうちは彼女と鉢合わせることも多かった。無論その度に良い目を見なかったことを学んで、以来彼女を避けるようにしていたのだけれど、久しぶりに会ったらこの塩梅。

「お変わりないようで」
「そうね、変わらないわ。簡単に変わってたまるもんですか」

 おそらくは毎回、俺の供えた花をずたぼろにしてから、きちんと自分の花を供えていたのだろう。久々に見た彼女の今の行動を見て、俺は想像に容易いそれに笑いそうになる。
 どこかしら、俺の利波に対する感情は破綻していた。梨紅に対する感情が氾濫しているみたいに。

 しかしそう思うと、寧ろ彼女の後を狙ってきた方が花も報われる気もするが、そんなことをしようものなら、彼女は閉園までここで張り込むようになりかねない。俺の未練が痛いなら、利波の執着は酷い。

「もう、来ないで。梨紅に関わらないで」

 罪滅ぼしにもならないわよ。梨紅は、戻ってなんか来ないの。あたしが毎月ここに来てんのはね、あんたの花を梨紅に届けたくないからなのよ。
 利波は言って、ぐしゃぐしゃのカスミソウを極めつけのように一度大きく蹴り飛ばした。茎だか花だかも分からない欠片が舞って、俺にかかる。緑っぽい匂いがした。

「っ、帰れよ人殺し!」

 黙ったままカスミソウを見ている俺に、利波が激昂する。何かを言い返す術を俺は持たない。だって、俺の目に利波が映っていない。映っていないものに言い返すつもりにも、ならない。

「帰れ、帰れったら!」

 いくら人の少ないこの霊園でも、こう騒げば人目に付く。
 ここは騒ぐ場所でもなければ、きっとこんな未練と執着の終点でもない。それは、分かってる。分かって、理解して、それを行動に反映させる過程の、どこかに故障があるようだ。

 三年。経った。その月日が何だっていうんだ。時の流れがどうにかしてくれるというなら、とっくじゃないか。
 俺は結局何も変わっていないし、利波は変わることを否定している。

 今、利波と目を合わせたら死ねる気がした。したのに、目を合わせることはなかった。そのまま、何の言葉も持たないままに、その場を立ち去るしかなかった。
 いつだか誰か、そう例えば来たばかりの時姫に、思ったことは言葉にしろだとか偉そうなことを言った俺が、死ねばいいのに。

(ああ、違う、何も思うことすら出来なかったんだ)
(破綻しているなぁ、と、分かって理解して行動に反映するまでに、果たして、?)







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