:逢瀬
:天藾2人
もしも、僕が居なくなったらさ。彼、というになにか近過ぎる少年は、鏡の中から言った。
鏡に映る姿は確かに俺であるはずなのに、やっぱり何処かあいつで、表情は曖昧に歪んでいた。変な感じ。
「居なくなったら?」
(やっぱ、なんもない)
「なんだそれ」
(言うだけなんだか寂しいし、言霊とか怖いし)
だから、なんもない。頭の中に響くようなその声は、明らかに俺のものだけれど何か違って。
鏡の中では、相変わらず俺みたいな顔をした俺なんだけど俺ではない誰かが、淋しそうに笑っている気がした。
「……もしも。俺が居なくなったら」
耳に届く声は、先までの声とやはり違った。こっちは、俺の声。
(ちょっと、やめてよ)
耳を塞ぐに塞げないから、彼は嫌そうに非難する。言葉を届けたかろうが届けたくなかろうが、俺たちの間にその衝立てはなかった。時にそいつは不利益で、時にそいつは。
「もう、お前とも二度と会えないな」
とくん、と、心臓が鳴った。俺のじゃないな、そう思ってちょっと笑う。さっきまでの、泣き笑いから不恰好な笑い方に変わる。嗚呼、こっちが、俺の顔。
(な、なに、それ)
馬鹿みたいなこと、言ってないでよ。なことが、本日初めて感情を顕に揺らす。
(あえない、ね)
「だから、居なくならないんだよ」
それが嫌で、生きているのかもしれなかった。ずっと、隣に居たいから。馬鹿みたいに大事な、弟みたいな鏡みたいな向こう側。
『もうお前とも二度と会えないね』(アナトール・フランス)
(『〈さようなら〉の事典』(大修館書店)参照)